インタビュー
トヨタ車体に聞く 森の循環でカーボンニュートラルに貢献する新材料、TABWD(R)(タブウッド)とは
トヨタ車体株式会社は、スギの間伐材を使用した新材料TABWD(タブウッド)を開発しました。森の再生やカーボンニュートラルに貢献する素材として、車体への搭載に加えて、日用品での使用など多方面での活用が期待されています。TABWDの開発を担当した西村氏と納谷氏に開発の経緯と今後の展開について伺いました。
TABWDが生まれた経緯
木下(アミタ):最初に、貴社のサステナビリティに関する取り組みや考え方、企業理念などについてお伺いできますか。
西村氏:当社の企業理念 第1項の冒頭には、「環境との調和」を掲げています。その基本理念に基づき、1993年にトヨタ車体環境基本方針を定め、環境と調和をとり、事業活動のすべての領域を通じてゼロエミッションを達成することを宣言しました。
長期ビジョンについては「ゼロへのチャレンジ」と「プラスへのチャレンジ」で構成されるトヨタグループの環境ビジョンに準じて取り組みを進めています。また、そのうちの1つに「循環型社会・システムの構築」を掲げており、TABWDはこの取り組みの1つとして、石油由来プラスチックの削減を目標に日々研究開発を行っています。
▼トヨタ車体企業理念
▼トヨタ車体 長期環境ビジョン
木下:みなさんのご所属である「材料技術部 植物材料開発室」については珍しい部署名だと思いましたが、企業理念に通じているのですね。昨今は、ネイチャーポジティブへの関心が高まっていますが、植物由来の材料開発はいつごろから実施されたのでしょうか。
納谷氏:もともと西村と私はアラコ株式会社に所属していました。2004年に車両事業がトヨタ車体と統合したのですが、その当時から植物材料の開発を行う部署はありました。私たちは20年に渡り一貫して植物材料の研究開発に携わらせてもらっており、会社には大変感謝しています。
木下:20年以上前から植物原料に着目し研究開発をされてきたのですね。TABWDについても当時から研究開発を進めてこられたのだと思いますが、コンセプトはどのように作られたのでしょうか。
西村氏:そうですね、TABWDについては 2009年ごろには企画資料ができていたと思います。コンセプト検討においては、最初に植物の特性に着目しました。従来のプラスチックを自動車部品として使用する場合、硬さを付与するためにガラス繊維などで補強しています。しかしこれでは添加によって密度が高くなり、重くなるという問題があります。
一方、植物は-200~+200度程度であれば熱に対して安定しており、またガラス繊維などの無機フィラーと比較すると軽量という特長があります。
例えば木材で補強した樹脂であれば密度を低く抑えることができるため、同様の機能をもつ樹脂を軽量で作ることができるのではと考えました。このように耐熱と軽量の2つを軸として、そこから先は足し算的にアイディアを重ねていきました。
使用する木材についても国内で調達したいと思いました。国内には多くのスギ林がありますが、植えすぎたスギは需要減少などで伐採されず問題になっているケースも少なくありません。最終的に取り巻く社会課題と合わせて考えた際に、国内木材の中でも、とりわけスギ間伐材を使用する意義が大きいのではと思い至りました。実際、林業従事者の方とお話した際に「これまで間伐材は割り箸などに利用されることがほとんどだが、自動車部品へと活用の幅が広がり、グローバル規模で活用されていると思うと嬉しい」と仰っていただき、大変嬉しかったことを今でも覚えています。
木下:木材を活用するという新しいチャレンジにおいて、最も苦労されたことをお聞かせください。
西村氏:木繊維として活用するための加工ですね。プラスチックに混ぜた際に耐熱性を上げるため、木繊維の形や縦横比を整える必要がありました。私たちは研究開発として活用条件を確立することが役割ですが、加工については提携先の企業様にお願いしていますので、現場での細かな最終調整を一緒に実施いただくなど大変お力添えをいただきました。また、材料の性能についてもTABWDを採用いただいた自動車部品メーカー様から直接改良の提案をいただくこともありました。課題を1つ1つ克服する中で、自動車向け材料として鍛えられ、使いやすい材料に進化したように思います。これまで関係いただいた企業様には今でも大変感謝しています。
森をはこぶTABWD 〜TABWDが作り出す循環〜
木下:間伐材の利用は、森林資源の価値向上につながるため、重要ですね。リサイクル性についてはいかがでしょうか。
西村氏:TABWDは従来自動車部品として使用される繊維補強プラスチックよりも、多い回数でのリサイクルが可能です。例えばガラス繊維強化プラスチックの場合、何度もリサイクルを繰り返すと繊維長が折れて短くなってしまいます。しかし、木材はしなやかで、破砕されにくいため、素材としての劣化が少ないのです。そのため、バージン材を添加しなくても、TABWDからTABWDへの水平リサイクルを何度も繰り返すことができると考えています。
一方で、TABWDを使用した自動車部品がまだ少ないことや、市場から使用済み部品を回収するスキームの構築には課題があります。TABWDの構想時から「森の循環と自動車部品の循環をつなげる」という思想を抱いていますが、その実現のためには他社と協力し、リサイクルのための循環スキームをつくっていく必要があると考えています。
▼植物材料TABWDについての説明
トヨタ車体株式会社提供
木下:弊社もスキーム構築のご相談は多数いただきますが、共創と競争の双方が必要だと感じています。今後さらに普及していくことを見据えて、認証マークを付与するなど分別し易い方法についても検討が必要かもしれませんね。カーボンニュートラルの観点でもTABWDは大変意義があると思いますが、詳しくお聞かせいただけますか。
西村氏:木材自体はカーボンニュートラルですが、TABWDのベースとなるプラスチック材次第で、二酸化炭素の低減率も様々になります。一概には言えませんが、植物を原料として作られたバイオポリプロピレンなどと共に活用すると、二酸化炭素排出量は約93%低減できると見込んでいます。しかし、製品としての機能性を付与するために石油製品の使用が必要な場合もあり、そうすると二酸化炭素排出量の低減率は約20%になる可能性もあります。使用の目的に応じて、何を優先するのか都度検討していく必要があると思います。
木下:最大93%というのはすごいですね。自動車部品以外への適用は可能なのでしょうか。
納谷氏:現在は特定の製品・領域での検討や製品製造は行っていませんが、可能性は十分にあると考えています。展示会などでも様々な業界の企業様からお声掛けをいただきました。今後、多くの企業様に採用いただきTABWDを用いた製品が身の回りに増えるようにしていきたいですね。それを私たちは「森をはこぶ」と表現しているのですが、みなさんが日常生活で森とのつながりを感じていただけたら大変うれしいです。
トヨタ車体が目指す、これから
木下:まさにこれから幅広く展開されていくところだと思いますが、今後はどのようなチャレンジをお考えでしょうか。
納谷氏:環境対応が求められるなか、塗装削減としての役割も果たせるのではと考えています。もともとTABWDは自動車の機能部品への適用を進めてきたため、外装・内装など目につく製品は取り扱っていませんでした。しかし「もくまる」「りょくまる」(TABWDを使用したコンセプトカー)を展示したところ、スギ間伐材の外皮が感じられると質感も含めて大変好評をいただきました。また、特徴的な材料であることを活かし、使用いただくと製品の存在感が高まるようなブランド材料にしていきたいと思っています。
西村氏:これまで自動車産業は大量生産・大量消費や工業化社会のシンボルともいえる産業のひとつであったと思います。そのような産業のなかから生まれた材料であることはとても大きな意義があると考えています。また、これまでに関係してくださった多くの企業様と共に改良を繰り返してきたため、鍛えられ、使いやすい材料になっている自信があります。自動車部品に限らず多様な製品に使用していただけると思いますので、興味を寄せていただいた企業様とはぜひ共創の機会をつくりたいと考えています。そして、生活に身近な製品にTABWDをお使いいただくことで一緒に「森をはこぶ」ことができれば幸いです。
▼TABWDを使った超小型BEV「PLANT COM(プランコム)」
トヨタ車体株式会社提供
話し手プロフィール
西村 拓也 (にしむら たくや)氏
トヨタ車体株式会社
材料技術部 主査 兼 静岡大学農学部 特任教授
植物の高度加工利用、新規利用、高機能材料への変換の研究開発に一貫して従事。木材、植物繊維、セルロース、リグニンといったそれら成分を用いた植物材料開発を行う。またポリ乳酸に代表されるバイオプラスチックを用いた材料開発、自動車部品開発に携わる。
こうした植物材料の自動車への適用を推進。量産性、品質、コストの課題を克服し、さまざまな自動車に部品として使用されている。植物材料と自動車を結びつける研究開発分野の専門家である。農学博士。
納谷 藍子(なや あいこ)氏
トヨタ車体株式会社
材料技術部 植物材料開発室 室長
学生時代から植物、特にセルロースを用いた材料開発に一貫して従事。ケナフや木材繊維、セルロースナノファイバーを活用した自動車向け複合材料の開発を行う。2005年の愛知万博でトヨタ自動車が出展した、未来型パーソナルモビリティ"i-unit"の車体を植物素材で作り上げた。また近年では木材繊維を補強繊維として使うことで耐熱性、剛性を向上した材料開発を推進し、様々な自動車部品に使われている。
聞き手プロフィール
木下 郁夫(きのした いくお)
アミタ株式会社 社会デザイングループ
チームマネージャー
企業向けのソリューション営業の経験をベースに、廃棄物管理に係わるシステムの設計・開発、業務フローの構築などに従事。現在はサステナビリティ経営に向けた新規事業の提案など、更なる顧客満足度の向上を目指し、提案・サービス活動を行っている。
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