インタビュー
日本郵船とCodo Advisoryに聞く 社員向け気候教育の重要性とは
気候変動による影響の増大を受けて、ゼロカーボン戦略を発表する企業が増えています。戦略の重要な要素であるにも関わらず、ときに忘れられがちなのが「社員」であり、目標に向けた取り組みに社員を巻き込み、自分事として捉えてもらうために有効な手段のひとつが「気候変動教育」です。ESG戦略の一環として気候教育ツールを使用している日本郵船株式会社と、そのソリューションを提供するCodo Advisory株式会社に、企業の気候教育の重要性とツールの活用方法について伺いました。
日本郵船のサステナビリティへの取り組みと社員参画
田部井(アミタ):本日はお時間を頂き、ありがとうございます。初めに、貴社のサステナビリティへの取り組みやそのきっかけについて教えていただけますか。
茂住氏:はい。当社は2021年2月に「NYKグループ ESGストーリー」を発表しました。NYKグループESGストーリーはESGの経営戦略への統合に向けて、将来のありたい姿を思い描き、当社グループが向かうべき方向性を示しています。当社グループが考えるESG経営や具体的な取り組みの数々をストーリーという言葉で包括しています。
その中で当社の社長も述べておりますが、海運のみならず、物流業界は化石燃料を大量に使用するため、気候変動対応や環境保全の観点から劣位にあります。そのため、環境問題に対する道筋を明確に示すことができなければ、事業継続もままならないという危機感がありました。
田部井:世界の貿易量の99%以上を海上輸送が担うことを考えると、世界中にネットワークを持つ貴社の影響力についても考えさせられますね。
茂住氏:この危機感がESGを経営の中心に据えるきっかけの1つとなりました。同時に、当社らしい道筋を示し、ステークホルダーからの共感を得ることができれば、圧倒的な差別化戦略にもなります。また、気候変動に代表される社会的な課題に真摯に向き合い、社会の要請に対応して成長戦略が描ける企業でありたいという想いが、当社がサステナビリティに取り組むきっかけとなったと考えています。
田部井:グループ全体でESG経営を進めていくには、社員の協力は欠かせないと思いますが、貴社ではどのように社員を巻き込んでいますか。
茂住氏:ESG経営を推進する上で、社員一人一人へ社会課題の解決により持続可能な社会、環境の実現を目指す「ESGのモノサシ」を浸透・定着させるために、本社内全グループにESG経営推進をサポートする担当者として「ESG Navigator」を設置しました。
田部井:Navigatorが船の航海士に由来しているのは、海運業界の貴社ならではですね。
茂住氏:おっしゃる通りです。ESG Navigatorが中心となって、各グループのタテ・ヨコ・ナナメの幅広い世代の意見の掘り起こし、活発な意見交換をけん引し、各グループのESG経営の推進役を担っています。
▼ESG Navigatorの役割
Climate Fresk導入の背景と気候変動リテラシー向上
田部井:貴社では社員向け気候教育として「Climate Fresk」※1を導入したと伺っています。Climate Freskは日本企業からも注目され始めていますが、導入することになった経緯を教えていただけますか?
※1「Climate Fresk(クライメート・フレスク)」 フランスで開発され、現在世界50カ国以上で約100万人の参加者に利用されている気候変動教育ワークショップ。IPCC報告書に基づいた情報が載った42枚のカードで気候変動の基礎科学について学び、ファシリテーターとともに、気候変動に対するアクションについてディスカッションを行う。 |
茂住氏:本年度より事業活動によって排出された温室効果ガス(以下、GHG)を、本社の各グループに集計してもらうこととしました。その目的は、昨今GHG排出に対しての規制が徐々に厳しくなっている中で、自事業が排出しているGHG排出量を正確に把握し、排出削減計画を考えてもらうためです。本社の各グループにGHG集計担当者を任命しましたが、まずは担当者にGHG排出量の把握と、削減の重要性を理解してもらう必要がありました。
田部井:そこでClimate Freskと出会ったのですね。
茂住氏:はい。Codo Advisory株式会社様より紹介して頂いたClimate Freskのインタラクティブに気候変動の因果関係について学ぶことができる点が、気候変動への理解を深める上で大変魅力的だと感じ、導入を決定しました。
田部井:Climate Freskを実際に試して、いかがでしたか。
鈴木氏:事務局が予想していた以上にポジティブなフィードバックが多く、導入してとても良かったです。どのグループでも積極的なディスカッションが繰り広げられ、参加者にとっては気候変動について自分事化する良いきっかけになったのではないかと思います。
田部井:社員の皆さんはどのような反応をお持ちでしたか。
鈴木氏:具体的には、「地球温暖化について、一直線の因果関係だけでなく、複雑に絡み合う要因を、頭と体を動かしながら学ぶことが出来て大変面白かった」、「同じグループの参加者と意見交換を頻繁に行いながら、頭を使い続けた非常に濃密な3時間だった」といった感想が寄せられました。Climate Freskは気候変動についての理解だけでなく、参加者同士の交流を深める機会にもなるので、今後も是非機会があれば実施したいと考えています。
田部井: Climate Freskワークショップの他に、貴社内で気候変動に対するリテラシーを高めていく計画はありますか。
加藤氏:日本郵船グループでは、環境ビジョンと環境方針のもと、2002年より環境マネジメントシステム(EMS)のISO14001認証を取得し、事業活動が与える環境影響について継続的な改善を実施しています。地道な活動ですが、持続可能な社会の実現にむけ、歩みを止めないことが重要だと考えています。この環境マネジメントシステムは、国内外5地域の66サイトに加え、傭船も含めたグループ全体の運航船舶を適応範囲をとし、各地域に設置された委員会が主導で環境管理計画書(EMP)の制定、中間レビュー、内部・外部監査、経営層によるレビューなどが行われています。さらに、eラーニング 制度やオンライン会議システムを通して社内勉強会の開催をするなど、従来からの施策は今後も継続していく予定です。
▼ISO14001認証取得サイト一覧
田部井:改めてとなりますが、貴社にとって気候変動に対するリテラシーを高める重要性とは何でしょうか。
加藤氏:気候変動リテラシーの向上は、企業としての気候変動への対応を自分事として捉えることにつながると考えています。当社の社員全員が気候変動への対応という経営課題に対して、正しい知識とその因果関係への理解を深め、各事業においてどんな取り組みができるのか、何を今するべきなのか考えることが脱炭素化への第一歩だと認識しています。
フランス生まれのClimate Freskが日本企業にも向いている理由
田部井:ではここからはClimate Freskを提供されているCodo Advisory株式会社のベノアさんにお話を伺います。まず貴社のご紹介をお願いできますか。
ベノア氏:Codo Advisory株式会社は2022年3月に設立されたコンサルティング会社です。「気候目標から気候行動へ」という理念に沿って、日本企業のサステナビリティの旅をサポートします。具体的にはESG認証アドバイザリー、ゼロカーボン戦略策定、ブティック・コンサルティング、そして今回のテーマとなる気候教育に関するサービスを展開しています。
田部井:フランスで作られたClimate Freskは世界中で100万人の参加者を突破したと聞いてますが、日本の参加者はまだ1000人程度ですね。なぜ会社としてClimate Freskを日本に導入することにしたのでしょうか。
ベノア氏:Climate Freskは、気候変動に対する人々の意識を高めることを目的に、2015年にセドリック・リンゲンバッハにより作成されました。2018年にはClimate Freskの普及を目的とする非営利団体が設立されています。ワークショップの元来の対象は一般市民でしたが、現在学校や企業からの需要が高まっています。気候変動の原因や影響について従業員を教育したいと考える日本企業が増えていることを受け、Codo AdvisoryはClimate Freskをサービスの1つとして導入することになりました。
田部井:どのような企業がClimate Freskを導入しているのでしょうか。
ベノア氏:弊社のお客様には国内企業と外資系企業、金融機関、保険会社、メーカー等、大手企業から中小企業まで本当に様々です。ワークショップの開催言語もお客様の希望に添って英語と日本語で開催しています。
田部井:そうなのですね。これまで日本企業で開催されたワークショップで、参加者の皆さんはどのような反応を示していましたか。また、Climate Freskを導入する際、気候変動に関する知識に付随して得られるものはありますか。
ベノア氏:日本人は 正解を求める傾向があり、自分が気候変動の専門知識を十分に持っていないと認識すると、積極的に参加することを恐れてしまう方が多いと思いました。しかし、Climate Freskは、科学的根拠に基づいてるとは言っても、カードの置き方の正解を求めるものではありません。参加者全員がカードの繋がりや、関係性について一緒に理解を深め集合知を形成し、自分たちだけのフレスコ画を完成させるというものです。また、職種を問わず、社員同士が協力し合い話し合うワークショップでもあるため、弊社では企業のチームビルディングにも有効な方法だと考えています。
田部井:今回は主にClimate Freskについて伺いましたが、今後新しいツールを提供する予定はありますか。
ベノア氏:気候教育は急速に発展している分野であり、日々革新的なソリューションが登場しています。Codo Advisoryは、お客様のニーズに応えるため、フランスから「Biodiversity Collage」※2というワークショップを導入し日本語に翻訳しました。こちらのワークショップは、生物多様性の損失の因果関係について考えるものです。個人的には、Climate Freskと相乗効果があると思います。
※2「Biodiversity Collage(バイオダイバーシティ・コラージュ)」 Biodiversity Collageは、Climate Freskの生物多様性版。 参加者が生物多様性の損失の因果関係を理解できるように設計された、教育とチームビルディングを目的にしたフランス発祥のワークショップ。 IPBESの報告書の情報に基づいた39枚のカードを使い生物多様性崩壊の因果関係と基礎科学について学び、後半は、アクションについて議論を行う。 |
田部井:参加したくなりますね。
ベノア氏:企業への導入を考えて、まずお試ししたい方向けに2023年8月末にClimate FreskとBiodiversity Collageのオープンセッションを開催する予定です。気になる方はぜひ参加してみてください。
田部井:日本郵船の皆様、Codo Advisory様、本日は貴重なお話ありがとうございました。
関連情報
話し手プロフィール
加藤 淳 (かとう じゅん)氏
日本郵船株式会社
脱炭素グループ脱炭素推進チーム チーム長
2002年に日本郵船入社(陸上職技術系)。新造船の計画、建造管理、現場監督、保船管理業務等の技術部門に加え、自動車船輸送部門での営業・航路運営、海運の脱炭素に資する技術開発政策提言を目的とする非営利団体 Maersk Mc-Kinney Moller Center for Zero Carbon Shipping(在デンマーク)への出向を経て現職。
茂住 洋平(もずみ ようへい)氏
日本郵船株式会社
脱炭素グループ脱炭素推進チーム 船長
2010年に日本郵船入社(海上職)。入社以来 約10年間 航海士として海上勤務(自動車運搬船、LNG(液化天然ガス)タンカー、原油タンカーへ乗船)。2021年よりESG経営推進グループに着任し、ESG Navigator制度をはじめとするESG推進体制の立ち上げに従事。2023年より現職。チーム内では、NYKグループのGHG集計体制の再構築、既存船舶の性能改善計画などを担当。
鈴木 優 (すずき ゆう)氏
日本郵船株式会社
脱炭素グループ脱炭素推進チーム
2014年に日本郵船入社(陸上職事務系)。自動車運搬船のオペレーションや運航統轄業務を経験後、経営企画本部にて船舶投資や脱炭素投資のサポート・案件精査に携わる。2023年4月より現職。チーム内では社内制度設計、シュミレーションモデル開発、燃料調達戦略などを担当。
ベノア モルガン氏
Codo Advisory株式会社
サステナビリティ・コンサルタント
多文化な職場で事務サポートや秘書業務に幅広く携わった後、Codo Advisoryでサステナビリティの世界へ新たな一歩を踏み出した。フランス語、英語、日本語、イタリア語が堪能。
聞き手プロフィール
田部井 進一(たべい しんいち)
アミタ株式会社
代表取締役
アミタグループへ合流後、主に企業の環境部・サステナビリティ部門を対象に、環境ビジョンの策定や市場調査など、多くの支援実績を持つ。2020年より取締役として、アミタグループの事業の柱となる「社会デザイン事業」の確立に向け、新規サービスの創出・新規市場開拓を牽引。2023年より、現職。
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