インタビュー
電力高騰はなぜ起きた?再エネ調達を推進する企業が取るべき選択とは Vol.2
2020年末からの、日本卸電力取引所(以下、JEPX)市場の大幅な電力高騰を契機に、再生可能エネルギー(以下、再エネ)調達のあり方についても見直しが求められています。そこで今回は、ENECHANGE株式会社の千島氏、田中氏、熊谷氏にお話を伺いました。Vol.2では、電力卸市場の制度見直しと新電力側が取るべき対策についてお届けします。
Vol.1 JEPXの市場価格の高騰。発生理由と背景とは?
Vol.2 電力卸市場の制度見直しと新電力側が取るべき対策について(本記事)
Vol.3 企業は今後どのように再エネ調達を進めるべきか
電力卸市場の制度見直しと新電力側が取るべき対策について
アミタ:JEPXでは前日の午前10時までに翌日の電力を30分単位のコマで各電力会社が売り札と買い札を入れ、需要曲線と供給曲線が交わる均衡点から約定価格(全電力が取引する価格)が設定されますね。
図:JEPX市場の約定価格変動の様子(2021年3月10日時点)
出典:ENECHANGE株式会社「ENECHANGE INSIGHT MARKETS 」
図:JEPX市場の約定価格変動の様子(2021年1月6日時点)
すべての時間帯で約定価格の高騰が続いていることがわかる
出典:ENECHANGE株式会社「ENECHANGE INSIGHT MARKETS 」
この約定価格より安い買い札を入れた電力会社にはインバランス料金というペナルティ的な高値で買わなくてはならず、それを恐れた各電力会社が高値の買い札を入れて高騰スパイラルが生じたとされています。このような市場取引の制度にも問題はあったのではないでしょうか。2021年1月17日から同年6月30日までは、インバランス料金の上限が200円/kwhに設定されたため高騰に一定の制限がかかりましたが、まだまだ高すぎるような気もします。
ENECHANGE:原則として電力系統の破綻を防ぐために、電気事業法で小売電気事業者はインバランス(電力の需要量(使われる分)と供給量の差分のこと。)を出してはいけないと定められています。このことから、電力の供給量が少なくなると、買い手側である小売電気事業者が自社の電力の確保のために買い札を高く入札するようになり、約定価格が高騰しやすくなります。
最終的なインバランス料金は「α確報値※×スポット・時間前平均価格(円/kWh)」で算定されます。計算式の通り約定価格が高騰するとインバランス料金も連動して高くなりやすくなります。
※α確報値...系統自体の逼迫度合に連動する数値。逼迫しているほど高くなる。
このように、インバランス料金は市場バランスや系統運用バランス※などで安くなったり高くなったります。今回の高騰については供給力の減少から市場、系統ともに逼迫して約定価格、インバランス料金が高騰する結果となりました。
※系統運用バランス...系統とは、発電所で発電された電気を利用者に届けるための「発電」「変電」「送電」「配電」などの一連の電力システムを指し、国内では、一般送配電事業者10社がそれぞれの系統を運用している。また、沖縄電力を除く9電力系統は、近隣の系統と非常時にはお互いに電力の融通ができる。
2021年1月中旬から6月末にかけての「インバランス料金の上限額を暫定200円/kWhとする運用」については、「2022~2023年度の2年間は真に需給が逼迫し、政府が需給逼迫警報を発令する予備率(3%)以下となった場合に限定される。」という取り決めを元にしています。今回の高騰は、古今無いケースとなったため、この暫定200円/kWhというルールが前倒しで適応される形となりました。なお2024年度以降は、同条件ではインバランス料金の上限額が600円/kWhとなる見込みです。インバランス料金の制度については、価格の面など制度的な問題は色々と取り沙汰されますが、私たちとしては系統運用上必要な制度と考えています。このような制度が無ければ、各小売電気事業者が自社需給管理業務を怠る可能性もあり、インバランスが多く発生すると系統運用する側にとっては状況によっては系統破綻(=大停電)を引き起こしてしまうことになりかねません。
アミタ:市場から電力を調達する企業にとっては厳しい料金設定ですが、電力系統を守りブラックアウトを防ぐために必要な市場システムということなんですね。
ENECHANGE:はい。ただ、高騰についてこのまま放置してよいという意味ではありません。今後について考えると、今回の高騰を起こした供給力の急な減少の要因が、燃料長期保存の難しいLNG発電をベースとして運用転換していく過程で起きたことなら、根本的に問題は何も解決されていません。世界情勢問題等などで急に燃料調達ができなくなればすぐにこの問題は再浮上するからです。
今後は、大手電力会社などの系統運用側では、地震など物理的災害以外で「真に需給が逼迫」するという状況をいかに作らないかが重要です。需要期だけでもLNG発電に頼らないなど電源構成の見直し、予備電力の確保が必要になると考えます。一方、各小売電気事業者側は、「真に需給が逼迫」するという状況に備え、顧客への説明責任を果たすために、相対契約等で事前に供給力の確保に努めていたというエビデンスが必要になると考えます。
【写真】ENECHANGE(株)田中氏
アミタ:もう一点、市場制度についてお尋ねします。再生可能エネルギーについては、自社保有の再エネ発電施設からFIT固定価格で電力市場に供給している新電力会社も、売ったFIT固定価格の何十倍もの市場連動価格で買わなければならない状況だったといいます。こうした制度的な課題の見直しは今後行われるのでしょうか。
ENECHANGE:FIT固定価格で送電会社が買い取った電力をJEPXで売る際には市場連動価格とすることは電気事業法で定められているのですが、電力の卸売り制度に様々な課題があるという点ではその通りだと思います。もちろん、そうした制度的な課題の見直しは今後進められていきます。電力市場は2000年の電力自由化と共に始まったばかりですから、まだ生まれて21年しか経っていない未成熟な市場なんです。これが証券とか株式の市場だと百数十年の歴史があり、その中で培われた様々なセーフティシステムが設けられています。ストップ高などの値幅制限や銘柄取引停止のシステムがありますし、市場閉鎖もあり得ます。JEPXにはまだそういうシステムが整備されていませんでした。ですから今回の高騰時にも大手電力会社を中心に市場を閉鎖してほしいという声があったと聞いておりますし、私たちとしても、市場閉鎖すべきだったのではないかと思っています。市場を閉鎖してしまえば価格の混乱がなくなり、需給の調整で系統を守ることに注力できますので。2018年の北海道胆振東部地震でブラックアウトが発生した際には、北海道のスポット市場は閉鎖されました。閉鎖して系統が回復した後にインバランス料金を調整して設定したんです。しかし、今回の高騰では閉鎖されませんでした。市場閉鎖するからには政府からも節電要請を出さなくてはなりませんが、コロナ禍の中で在宅ワークを強いられている人々が多くいる中、家庭での暖房まで我慢を強いるようなことはできなかったのかもしれませんね。
アミタ:今回の高騰で経営的に深刻な打撃を受けた新電力も少なくないと思いますが、新電力側では今後、どのような対策を取ればいいのでしょうか。
ENECHANGE:今回の高騰ではインバランス料金が100円以上になる30分のコマが250以上もあり、昼夜を通して延々と高騰が続き、200円以上ものコマも50前後あるという異常事態でした。こうしたスパーク(高騰)は、今回ほどのものではないにせよ、過去にも数回発生していました。
図:過去5年間(2016年度~2020年度)における
JEPX市場約定価格100円以上の発生回数
出典:ENECHANGE株式会社
ここ数年を振り返ると、2018年に西日本の大手電力会社管内のスポット市場を中心にインバランス料金が100円を超すコマが最大で2回発生しています。2コマですから年間合計で1時間だけです。それでも、そうした過去の短時間のスパークを過去に経験したことのある新電力はJEPXに供給を依存する体制を見直し、スパーク時に対応する「準備」を進めてきました。その準備とは、自前の発電所を設けたり、再エネを中心とする独立系の電力会社と長期間の電力購入契約を直接結ぶPPA(Power Purchase Agreement電力購入契約)を進めたり、大手電力会社等との固定価格での相対契約を結んだり、ベースロード市場※からの調達枠を増やしたりすることなどです。
そのようにして電力の調達先を分散し、JEPXで高騰が発生しても甚大な損害を受けないようにリスクマネジメントをしていました。しかし、ここ2年間ほどは100円を超すようなスパークが発生しておらず、JEPXで調達する電力が割安だったこともあり、その間に事業参入をした新電力ではJEPXでの調達率を100%にしていたところも少なくありませんでした。そうした企業は、今回の高騰で大きな損害を被ってしまっています。一部の識者からは、「事業参入するからには当然、予備知識を蓄え、市場を調査検証したうえで十分なリスクマネジメントの体制を構築するべきだったのではないか」との声もあります。今回のような高騰にどのように備えるかが重要です。
※ベースロード市場...主に大手電力会社が保有するベースロード電源(石炭火力、大型水力、原子力等)を取引する市場のこと。JEPXが開設するが、今回の高騰の舞台となったスポット市場(30分単位での変動価格取引)とは異なり、年間固定額での購入となる。
アミタ:ありがとうございます。最後に、ユーザー企業の再エネ調達についてお尋ねします。
(Vol.3へ続く)
話し手プロフィール(執筆時点)
千島 亨太(ちしま こうた)氏
ENECHANGE株式会社
執行役員 法人ビジネス事業部 事業部長
大手都市銀行にて主に法人向け取引に従事。その後電力自由化に伴う市場の変動に魅力を感じ、縁もあって新電力会社に転職。新電力会社では小売、電源調達、卸電力売買等の業務に従事。2019年9月より現職。
田中 文崇(たなか ふみたか)氏
ENECHANGE株式会社
法人ビジネス事業部
実需同時同量の時代から新電力の需給管理担当として5年半従事。小売、調達など新電力運用の難しさ、情報の少なさと収集の難しさを痛感。ENECHANGEが持つシステム開発能力に引かれ入社。システムサービスを介しプラットフォーマーとして新電力に対し幅広い形での情報流通、電気現物の流通など普及促進を目指す。
熊谷 太介(くまがい たいすけ)氏
ENECHANGE株式会社
法人ビジネス事業部
エネルギーや環境とは関係のない大手IT企業で事務機器のグローバル展開などに10年間従事。環境問題の根本解決にはエネルギー産業の変革が必要と思い立ち、2019年より中立的なスタンスを取れるENECHANGEに入社。企業の再エネ導入支援サービスを立ち上げ、日本の再エネ普及促進を目指す。
書き手プロフィール(執筆時点)
本多 清(ほんだ きよし)
アミタ株式会社
社会デザイングループ 社会デザイン群青チーム
環境ジャーナリスト(ペンネーム/多田実)を経て現職。自然再生事業、農林水産業の持続的展開、野生動物の保全等を専門とする。外来生物法の施行検討作業への参画や、CSR活動支援、生物多様性保全型農業、稀少生物の保全に関する調査・技術支援・コンサルティング等の実績を持つ。著書に『境界線上の動物たち』(小学館)、『魔法じゃないよ、アサザだよ』(合同出版)、『四万十川・歩いて下る』(築地書館)など。
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