Q&A
企業のSDGsランキングを公開するWorld Benchmarking Allianceとは?
世界主要企業のSDGs達成状況をランキング付けし公表するイニシアティブ「World Benchmarking Alliance (以下、WBA)」をご存知でしょうか?主要企業2,000社のうち150社が日本企業であり、各評価分野においてランキングが公表されています。今回はWBAの概要、そして企業の脱炭素評価に関わる「脱炭素化とエネルギー」分野の評価指標とランキングを解説します。
World Benchmarking Alliance とは?
WBAは、2018年に国連財団、イギリスの保険会社Aviva、オランダのNGO Index Initiative によって設立されたイニシアティブであり、企業のSDGs達成状況を評価するためのベンチマーク(評価指標)の開発と世界の主要企業2000社に対して行ったランキングを公開しています。
WBAが設立された背景には、これまで投資家や消費者などが企業のSDGsへの達成状況を容易に比較または評価することができなかったことがあります。そのため、ステークホルダーは、先進的な取り組みを行っている企業を特定し、支持をすることが難しい状況にありました。また企業にとっても、自社の取り組みを改善するようなインセンティブがありませんでした。
そこで、WBAは全ての人が企業のSDGsへの貢献度を知ることができるよう、ベンチマークの開発を行い、各分野における達成状況のランキングを一般公開しています。WBAができたことにより企業や投資家は、各企業が同業種と比較してどのような立場にあり、どこを改善できるか、そしてSDGsを達成するために緊急な対応が必要な分野を簡単に知ることができるようになりました。また、ランキングの公表は業界全体でのSDGsへの取り組みを加速させ、遅れをとっている企業に対しては社会的価値を創出する機会となることが期待されています。
ベンチマークに必要な7つの変革とSDG2000
ベンチマークの開発を行うにあたり、WBAはまずSDGs17項目を達成するために変革が必要である7つの分野を特定しました。7つの分野とは「社会」「脱炭素化とエネルギー」「食と農業」「自然」「デジタル」「都市」「金融システム」です。この中でも「社会」は、他のすべての分野に影響を与えうるため、全分野の中でも中心に位置します。人権尊重や格差の是正を目指す「社会」への取り組みがなければSDGsの達成は困難であることから、WBAはすべての対象企業に「社会」の分野における評価を行っています。
図:7つの変革
出典:World Benchmarking Alliance
WBAは7つの分野を特定したのちに、各分野において影響を与えうる業界を特定し、その中から下記の5つの原則に該当した2000社を選定しました。
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5つの原則によって選ばれた企業は、2020年にSDGs達成に向けて最も影響力のある企業2000社のリスト「SDG2000」として公表され、以降毎年更新されています。2023年のSDG2000は、85カ国から選定され、そのなかで日本企業は150社選出されました。
企業の脱炭素対応を評価する「脱炭素化とエネルギー」
WBAは、SDG2000に選出された企業に対して、7分野のうち各企業に関係する分野においてSDGsの達成状況のランキングを公開しています。「都市」のベンチマークは現在開発中ですが、その他6つの分野では随時ランキングが公開されています。7つの分野のなかでも、企業の脱炭素対応評価に直接関係するものは「脱炭素化とエネルギー」です。
WBAは「脱炭素化とエネルギー」分野のベンチマークを開発するため、CDPとADEME(フランス環境エネルギー管理庁)との戦略的パートナーシップを組みました。評価手法として、彼らが開発した企業の脱炭素移行計画を評価するフレームワーク「ACT」とWBAが開発した「ジャスト・トランジション」という指標を組み合わせて使用し、温室効果ガス排出量の多い業界から450社を対象に脱炭素対応状況を評価しています。
2021年に自動車製造業界・電力業界・石油およびガス業界のランキングを公表して以降、2022年に運輸業界、そして2023年3月には建設・不動産業界を対象に発表しています。2023年中には重機・電気機器業界においてもランキングが公表される予定です。
「脱炭素化とエネルギー」分野での日本企業のランキングは?
全450社のうち、日本企業の対応状況はどのように評価されているのでしょうか。5つの業界における日本企業のランキングを見てみましょう。
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「脱炭素化とエネルギー」分野における評価項目は?
それでは、WBAは具体的にどのような評価項目に沿ってランキング付けを行っているのでしょうか。主な評価手法であるACTを中心にお伝えします。ACTは、企業のKPIに応じた評価を行う「パフォーマンス・スコア」、将来の変化についての予測を行う「トレンド・スコア」、そして評価全体の概要を表す「ナラティブ・スコア」の3つの要素で構成されています。評価基準はパフォーマンス・スコアが1~20点、ナラティブ・スコアが最高A、最低E、トレンド・スコアは昨年より改善があれば+、現状維持であれば=、悪化していれば-です。これら3つの組み合わせての最高得点は20A+であり、最低得点は1E-です。
主要な評価要素であるパフォーマンス・スコアでは、以下の9つのモジュールによって企業の脱炭素の取り組みを評価しています。
No | モジュール | 項目内容 |
1 | 温室効果ガス排出削減目標 | ・Scope1,2直接排出削減目標の整合 ・Scope3上流の排出削減目標との整合 ・Scope3下流の間接排出削減目標の整合 ・目標の時間軸 ・過去および現在の目標達成度 |
2 | 有形投資 | ・過去の物質投資による排出原単位の推移 ・材料投資による将来の排出原単位の推移 ・低炭素型CAPEX(設備投資)のシェア ・ロックインエミッション(将来排出量) |
3 | 無形投資 | ・低炭素化技術の研修開発 ・企業の低炭素化に関する特許活動 |
4 |
製品性能 |
・製品・サービスの介入(削減施策) ・製品固有の性能(排出量) ・低炭素製品・サービスのシェア ・下請け輸送サービスのパフォーマンス |
5 | マネジメント | ・気候変動問題の監視(ガバナンス) ・気候変動監視能力(専門的知識) ・低炭素化移行計画 ・気候変動管理インセンティブ ・気候変動シナリオテスト(シナリオ分析) |
6 | サプライヤー・ エンゲージメント |
・GHG排出量削減のためにサプライヤーに 影響を与える戦略 ・GHG排出量削減のためにサプライヤーに 影響を与える活動 |
7 | クライアント・ エンゲージメント |
・GHG排出量を削減するために顧客の行動に 影響を与える戦略 ・顧客のGHG排出量削減のための行動に 影響を与える活動 |
8 | ポリシー・ エンゲージメント |
・業界団体への関与に関する会社の方針 ・気候変動に否定的な活動や立場をとらないことを 支持する業界団体への関与 ・重要な気候変動政策に対する位置づけ ・地方公共団体との連携 |
9 | ビジネスモデル | ・必要な脱炭素化レベルの特定 ・現在および将来のビジネスモデルにおける 低炭素経済への統合 ・低炭素型製品・サービスを販売する顧客のシェア |
ACTの特徴は、科学的根拠に基づく目標イニシアティブ(SBTi)のセクター別脱炭素化アプローチを用いた評価を行っている点です。また、自社の温室効果ガス削減目標の有無だけでなく、ガバナンス体制やサプライチェーンを巻き込んだ戦略の立案、そしてビジネスモデルにおける脱炭素化対応の有無など、脱炭素移行戦略に必要な項目を幅広く網羅していることもポイントです。
2023年 建設・不動産業界の総評「業界的に脱炭素対応が遅れている」
WBAはランキングの他にも総評レポートをまとめています。このうち、2023年に発表された建設・不動産業界への総評5つをご紹介します。
1.建設・不動産業界における今日の選択が、何十年間にもわたって排出量に影響を与える
建設・不動産業界では、建設した建物が使用される際に排出される温室効果ガスについての対策ができていません。今回の対象企業のなかで、低炭素及び脱炭素化に対応した新築建物の建設、または既存の建物の改修計画を立てている企業はほとんどありませんでした。その結果、建設・不動産業界では今後数十年間排出量の減少が見込めず、2050年までにネットゼロを達成する可能性は低いとされています。
2.限られた企業のみが脱炭素化社会への移行に準備ができている
建設・不動産業界は、脱炭素化の目標と移行計画が不十分であり、脱炭素化対応への一貫したアプローチがありません。1.5℃目標に沿って脱炭素移行計画を策定し、ゼロカーボンの建物を提供することを計画するなど、脱炭素化に向けて緊急に行動を起こす必要があります。
3.建設・不動産業界はすべてのステークホルダーと協力して排出量を削減する必要がある
建設・不動産業界における温室効果ガス排出量の大部分は、顧客が建物を使用する際に発生するものであり、サプライチェーン排出量のスコープ 3 に該当します。そのため脱炭素化を実現するためには、サプライヤーや顧客などサプライチェーンの協力が必要です。クライアントとサプライヤーへのエンゲージメント戦略を拡大する必要があるでしょう。
4.責任ある企業行動の基本に関するコミットメントと行動が組織的に欠如している
責任ある業務遂行は、企業が SDGsを達成するための重要な第一歩です。しかし、建設・不動産業界は、自社の労働者とサプライチェーンの労働者に、責任あるビジネス行動の基本を示すことができていません。自社のポリシーとして人権尊重を掲げている企業は34% にすぎず、さらに、自社の従業員とサプライチェーン内の従業員の両方の健康と安全を保護することを公約している企業は 28% のみでした。
5.脱炭素移行計画が存在しないため、100 万人以上の労働者が危険にさらされている
「ジャスト・トランジション」とは、パリ協定で定められた 1.5℃目標の範囲内にとどまりながら、事業活動を繁栄させ、変化に対応しつづけられる社会と労働者を想定しています。建設・不動産業界は、脱炭素化の社会的影響に備えた行動が著しく、体系的に欠如していることを示しています。驚くべきことに、ACT評価では、すべての企業が移行計画のスコアが0点であり、120 万人の直接雇用者と数百万人の契約労働者が危険にさらされています。
さいごに
今回は企業の脱炭素評価に直接関係する「脱炭素化とエネルギー」のベンチマークとランキングに焦点を当てて解説しました。本文でも触れましたが、2023年中には重機・電気機器についてもランキングが公開される予定です。WBAが公表したレポートのなかでは「脱炭素化とエネルギー」分野に関連する業界として、金属・鉱業も挙げられていたため、これらの業界についてもランキング付けが予想されます。科学的かつ網羅的な脱炭素移行戦略を策定できているか、自社の脱炭素への取り組みを見直されてみてはいかがでしょうか。
また、脱炭素に限らず生物多様性という視点では、2022年12月に「自然」分野においてもベンチマークが開発され、400社を対象に企業の自然環境と生物多様性への対応状況のランキングが公表されています。2023年はTNFDから情報開示の枠組み(フレームワーク)の最終版 が公開予定など、生物多様性分野における指標開発が進みます。今後企業は気候変動対策の動向を網羅的に抑えておく必要があるでしょう。
関連情報
- 4/26に「ACTフレームワークのポイントを学ぶ~脱炭素移行戦略を具体的に動かす~」セミナーを行いました。アミタのグループ会社であるCodo Advisoryではアジアで唯一ACTを用いた移行戦略立案と評価支援を行っています。
執筆者情報(執筆時点)
田中 千智(たなか ちさと)
アミタ株式会社
社会デザイングループ カスタマーリレーションチーム
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