Q&A
TCFDにおけるシナリオ分析のやり方は?具体的な手順をわかりやすく解説
「TCFD( The FSB Task Force on Climate-related Financial Disclosures 気候変動関連財務情報開示タスクフォース、 以下 TCFD)」は、企業が気候変動への対応を経営の長期的リスク対策および機会の創出として捉え、投資家等に向けた情報開示や対話を促進することを目指しています。2022年には東証プライム市場上場企業に対して開示が義務化されましたが、TCFDが求めるシナリオ分析とはどのようなものなのでしょうか。本記事で解説します。
目次 |
「シナリオ分析」とは?
「シナリオ分析」とは、TCFDの開示において中核的な役割を果たすもので、気候変動がより顕在化した未来の具体的なシナリオに基づき、気候変動が自社に及ぼす影響や、その影響下での事業の継続性などを示します。
シナリオはあくまで将来の仮説であるため、詳細な結果や予想を得ることではなく、可能性を検討するために利用します。
「シナリオ分析」の位置付けは?
TCFDが求める情報開示は、組織の運営方法の中核要素である4つの主要分野を中心に構築され、推奨開示項目と定めています。「シナリオ分析」は下記の表の戦略のc)に該当します。
なおc)の内容はa)b)を含みますので、リスクと機会の特定・影響評価は「シナリオ分析」の一部であるとも言えます。
情報開示の 主要分野 |
具体的項目 |
ガバナンス | a)気候関連のリスク及び機会についての、取締役会による監視体制を説明する |
b)気候関連のリスク及び機会を評価・管理する上での経営者の役割を説明する | |
戦略 | a)組織が識別した、短期・中期・ 長期の気候関連のリスク及び機会を説明する |
b)気候関連のリスク及び機会が組織のビジネス・ 戦略・財務計画に及ぼす影響を説明する | |
c) 2℃以下シナリオを含む、さまざまな気候関連シナリオに基づく検討を踏まえて、組織の戦略のレジリエンスについて説明する | |
リスク管理 | a) 組織が気候関連リスクを 識別・評価するプロセスを説明する |
b) 組織が気候関連リスクを 管理するプロセスを説明する | |
c) 組織が気候関連リスクを 識別・評価・管理するプロセスが組織の総合的リスク管理にどのように統合されているかについて説明する | |
指標と目標 | a) 組織が、自らの戦略とリスク管理プロセスに即して、気候関連のリスク及び機会を評価する際に用いる指標を開示する |
b) Scope1、Scope2 及び当てはまる場合は Scope3 の温室効果ガス (GHG)排出量 と、その関連リスクについて開示する | |
c) 組織が気候関連リスク及び機会を管理するために用いる目標、及び目標に対する実績について説明する |
企業が「シナリオ分析」を実施するメリット
「シナリオ分析」では、2℃以下を含んだ複数のシナリオ(2℃シナリオ(又は 1.5℃シナリオ)と 4℃シナリオ)※を用いて実施することが推奨されています。
※2℃シナリオ(又は 1.5℃シナリオ)と 4℃シナリオ:
IEA(国際エネルギー機関)やIPCC(気候変動に関する政府間パネル)等から発行される気候関連シナリオの俗称で、各シナリオが示す温度に気温上昇を抑えるために必要な経済施策、またその温度上昇時に想定される環境被害などを示しています。
これは、未来を正確に予測することは難しいため、ある程度幅を持たせた予測・対応が必要であるという認識のもと、企業はどのような未来(シナリオ)においても、事業を本当に継続できるのかどうかの判断材料を提供することが求められているということです。
具体的には、「シナリオ分析」の結果、以下の事項が明らかになる(証明するのではなく、論理的な説明が求められている)ことで、投資家・金融機関との対話が促進されると考えられます。
- 「気候関連リスクに対するマテリアリティ評価」(リスクと機会)の妥当性
- 気候変動の影響下における事業の継続性(レジリエンス)
投資家・金融機関としては、CO2排出量削減の目標数値だけではなく、様々な観点からどのように気候変動の影響を捉えているのかを知ることで、その企業の長期的リスクがより詳細に判断できるようになります。また、分析のプロセスと結果を開示することが、経営全体の戦略についての建設的な対話にもつながります。
シナリオ分析の具体的な手順
例えば、既存の外部シナリオを一から読み込んで、気候変動がより顕在化した未来において、自社にどのような影響があるのか漏れなく洗い出す、という手法は煩雑であまり現実的ではありません。
一方、CDPへの回答を作成する過程で、すでにTCFDが求める戦略分野のa)b)(リスクと機会の特定・影響評価)までは実施しているという企業も少なくないと思います。また、気候変動によって引き起こされる一般的な影響については、既にTCFDによって類型が示されています(移行リスク、物理的リスク)。CDPの回答は行っていないという場合でも、これを参考にしてリスクと機会の特定を行うことはできます。
具体的には、
- 気候変動に対する一定の理解がある前提で、自社のビジネスモデルに関わりの深い制度や技術、重要度の高い地域・原材料等に対して、気候変動がどのような影響を及ぼすのか、社内の様々な立場の者から意見を吸い上げます。
- さらに、それを重要度に沿って整理して「マテリアリティ(重要課題)」に仕立てていく中で、その影響を定性的に評価していくことができるでしょう。
弊社では、シナリオ分析の目的を整理した上で、短期間でポイントを押さえつつ、本業と統合していくことも意識した分析の手法として下記のようなフローで支援を行っています。
(画像はクリックすると拡大します。)
押さえておくべきポイント1.どのようなシナリオを設定するか
どのようなシナリオを「独自に作成」または「既存の外部シナリオを引用」するかは、企業の判断に任されています。
では、自社にとって都合のいいシナリオを自由に作ってしまっても良いのでしょうか。
シナリオ分析結果の解釈に当たっては、結論のみならず、そこに至る検討のプロセスについて投資家等が納得できるようなストーリーや論理性をもって開示することが投資家等の理解を深める上では重要だとされています。それを読んだ人の理解が得られる範囲で、ある程度信用に足るレベルが望ましい、と言えるでしょう。
また、単一のシナリオではなく複数のシナリオを想定することがレジリエンスの高さの観点において推奨されています。さらに、昨今では、2℃以下のシナリオの選択が推奨されています。
押さえておくべきポイント2.影響の定性的・定量的な評価
シナリオ分析は"できるところから"スタートし"段階的に対応"することが重要だと言われています。また金融機関は、精緻なシナリオ分析を求めているわけではなく、気候変動のリスク・機会についてどのように考え、経営しているかのチェックポイントとしてシナリオ分析の結果を見ています。
結論としては、定性的でも問題はないのですが、ある程度の根拠がなければ社内合意も取りづらいですし、機関投資家や金融機関に対して「なんとなく決めた」と答えるわけにはいかないでしょう。
ポイントとしては、具体的なリスクや機会について、定量的に評価するためにはどのような情報が必要なのかをまず明確にすることです。
定性的・定量的いずれの観点から評価するにせよ「このようなデータがなければ判断しづらい」ということが明確になった時点で、既存の外部シナリオ等を参照したり、客観的な周辺情報をもとに独自に予測を行ったりすることで、最終的に具体的な数字は出せなくても、ある程度のレベル感を持って判断することができるようになります。
(画像はクリックすると拡大します。)
TCFDに沿ったシナリオ分析をサポートし、本業とサステナビリティを統合
SBT,SDGs等に引き続き「また新しく対応しなければならないものが出てきた」と感じている担当者の方も多いと思います。しかし、サステナビリティ経営の本質は、次から次に現れる新しいテーマを処理していくことではなく、長期的なビジョンに向かいながら、各テーマへの対応を通じて「事業の持続可能性」を向上させていくことです。今回紹介したシナリオ分析も、やり方によっては本業の長期的な戦略策定に活かすことができます。
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アミタは事業創出プログラム「Cyano Project(シアノプロジェクト)」を提供しております。企業が「イノベーションのジレンマ」に陥ることなく、時代や社会の変化に合わせて新たな価値を創出し、経営と社会の持続性を高めることを目的とした約3年間の事業創出プログラムです。今日の脱炭素経営の観点においては、野心的な温室効果ガス(GHG)の削減目標が求められ、既存の削減方法では目標を達成することは困難になります。そうした状況の変化にも対応ができるよう「Cyano Project(シアノプロジェクト)」では、企業のビジネスモデルやサプライチェーンの再構築による事業創出(新たな削減方法)を通じて、脱炭素経営を充実させることができます。
参考情報
SBT公式サイト:The imperative for raising ambition
Science Based Targets initiative announces major updates following IPCC Special Report on 1.5°C
環境省:https://www.env.go.jp/policy/tcfd.html
執筆者プロフィール(執筆時点)
中村 圭一(なかむら けいいち)
アミタ株式会社
社会デザイングループ
静岡大学教育学部を卒業後、アミタに合流しセミナーや情報サービスの企画運営、研修ツールの商品開発、広報・マーケティング、再資源化製品の分析や製造、営業とアミタのサービスの上流から下流までを幅広く手掛ける。現在は分析力と企画力を生かし、企業の環境ビジョン作成や業務効率化などに取り組んでいる。
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