コラム
先進事例に見るサーキュラーエコノミーへのビジネスアプローチ
(後編)
あいうえおサーキュラーエコノミーの取り組みを進めていく上で重要なポイントを、先進事例を通して解説いたします。
本記事は公益財団法人自動車技術会に寄稿した記事を一部転載しています。全文は自動車技術会 会誌『自動車技術』2024年9月号をご購読ください。
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サーキュラーエコノミーに取り組む企業事例
徹底的な製品寿命の延長を実現した半導体製造装置
●ASML 半導体のリソグラフィ装置
前編ではコマツ、三菱エレベータヨーロッパの事例を通じて、製品の設計段階からサーキュラリティを念頭に置き、適切な定期メンテナンスや修理を通じて製品寿命の延長を図ると同時に、製品のライフサイクル全体を通じて利益を得るチャネルを多様化させることが、サーキュラーエコノミーの重要なポイントとなることを紹介しました。次に紹介するのは半導体製造装置メーカーのASMLの事例です。
▼ASMLのサーキュラーエコノミーへのアプローチ
出典:ASML
ASMLは半導体のリソグラフィ装置を製造・販売していますが、修理および部品交換によるアップグレードを前提とした製品設計に徹底的に取り組むことで、これまでに出荷したほぼすべてのリソグラフィシステムがリファービッシュ可能であり、1990年代に販売した商品の9%が現在も稼働しているという圧倒的な実績を持っています。
装置はモジュール設計により簡単に修理や部品交換が行えるようになっているため、顧客は本体を買い換えなくとも、装置の性能を自分たちのニーズに合わせてアップグレードできます。また、本体そのものが不要になった際はリファービッシュ専門部門による下取りサービスがあり、下取りされた装置は、分解、検査、再組立てを経て新品同様に生まれ変わり保証を付けた上で再販されています。
ASMLは現在、オランダ、アメリカ、台湾、韓国、中国に修理センターを設置していますが、将来的には顧客がいる全ての地域に少なくとも1箇所修理センターを設け、なるべくローカルで修理が完結できる体制構築を目指しています。なお、この修理拠点をなるべく顧客の近くに配置する点は、コマツも同様の戦略を取っています。さらに、顧客自身で修理・メンテナンスができるようにするため、オンライン学習プログラムや、また製品購入者向け会員ページにてスペアパーツなどの修理・メンテナンスに必要な情報も提供しています。
従来、修理やアップデート・アップグレードはメーカーが主導権を握り、競争原理が働かないため、消費者にとっては古い製品を廃棄し、新品に買い替えることが合理的なケースも多くありました。しかし、昨今欧米を中心に、メーカー主導で行われる製品の計画的陳腐化などを問題視する声が一部で高まっており、脱炭素やサーキュラー型の製品を求める消費者の増加を背景に「修理する権利」という概念が広がっています。ASMLの対応は、このような消費者ニーズにも応えつつ自社のサーキュラリティを高めている先進的な例と言えるでしょう。
サーキュラーエコノミーに向けたビジネスモデル変革
このようにビジネスにおけるサーキュラーエコノミー化の切り口は多数存在し、前述したバタフライ・ダイアグラムにおける複数の循環ループでモデル化されています。外側のループは、これ以上再利用できないものをリサイクルすることであり、従来の3Rの考え方の延長線上にあります。内側のループはサプライチェーンの上流・下流と、それを取り巻くビジネスモデルや社会にも注目したものであり、サーキュラーエコノミーで特に重要視される部分です。内側のループでは、製品の耐久性を向上したり、修理や再充填を可能にする設計や仕組みを作ったりすることで、資源を効率的に利用し、製品ライフサイクルの複数の場面で、顧客接点と収益機会を作り出すことも可能です。
ただし、これらはあくまで製品を構成する物質に対してのアプローチの域を出ません。資源循環を妨げる要因を丁寧に紐解いていくと、製品や業界にまつわる収益構造や慣例、ユーザの生活習慣や固定観念、既存の社会システム/インフラなどが根本的原因となっているケースが少なくありません。サーキュラーエコノミーに移行するには、そうした根本的課題へのアプローチがカギになる場合があります。それはビジネスモデルの変革であり、価値の定義や提供方法、収益源やコスト構造、パートナーや顧客との関係など、ビジネスの根幹を見直すことです。その意味で、現在のビジネスモデルからサーキュラーエコノミー型ビジネスモデルへの移行戦略を立案し、実行することは経営課題として位置づけられるべきと言えるでしょう。
▼サーキュラーエコノミーへのアプローチ方法
出典:アミタ作成
産官学民連携で取り組むサーキュラーエコノミー
ここまでは主に企業の視点からサーキュラーエコノミーを概説してきました。循環を自社だけ、1つの製品だけに閉じて考えては、サーキュラーエコノミーの実現を遠ざける可能性があります。それを裏付ける一例として、内閣府資料によれば、今後国内生産される自動車の再生プラスチック利用比率を25%程度まで引き上げるためには、Car to Carの水平リサイクルだけでなく、一般消費財から自動車向け再生プラスチックを生み出すモデル(X to Carモデル)の構築が重要とされています。
この認識に基づき、内閣府が主導する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP:Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program)のサーキュラーエコノミーをテーマとしたプロジェクトの中では、循環性向上と可視化のためのプラットフォームの整備、国内外の再生材データバンクの構築と利活用検討、特に自動車に適用可能な高品質な再生について検討が進められています(サブ課題C) 。また並行して、高品質な再生材の低コスト化・安定的な供給を行うため、使用済プラスチックや自治体との協力による回収プラスチックの分別・供給システムの検討も進められており(サブ課題B)、産官学が連携し、市民を巻き込んだ循環モデルが徐々に描かれつつあります。
▼戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)にて取り組まれている課題
出典:環境再生保全機構
サブ課題Bの研究代表機関であるアミタホールディングスは、東レと共同で、神戸市の資源回収ステーションにて市民からPP(ポリプロピレン)の資源を回収し、自動車部品にリサイクルしようとする実証を開始しました。神戸市では、この実証以前から、利用目的を明確に定めた上でリサイクルに適したプラスチックを品目別に集めることで、より高品質なリサイクル「まわり続けるリサイクル」を推進しており、市内箇所に展開中の資源回収ステーションでは、市民自らが丁寧に洗浄し分別した良質な資源物が回収されています。
▼サーキュラーモデルのイメージ
出典:アミタ
市民の手による高度な資源分別・回収の事例は全国各地に見られますが、神戸市の特徴・先進性として、資源循環に付随する関係性増幅や健康増進等の社会的効能まで含めたインパクト評価に踏み込んでいる点が挙げられます。具体的には、アミタホールディングスと三井住友信託銀行の共同研究によって、ステーションの設置により健康寿命の延長や地域とのつながり感の増加といった市民のWell-being向上への寄与や、運動機会や会話機会の増加、環境意識の向上などの好影響が期待できることが示されています。
関連情報:アミタHDと三井住友信託銀行、MEGURU STATION®の社会的インパクト評価を実施
こうした研究の成果や前述したような企業事例は「サーキュラー」がもたらす、資源の授受を起点とした付加価値を示しています。企業にとっては、製品を通じた価値提供の機会を、売って終わりでなく繰り返し設計できることになり、それは新たなビジネスチャンスになり得ます。社会的側面では、資源回収拠点の設計に、いつも誰かがいる、会話できる、時間が過ごせる、外出動機になるといった価値(社会的処方)を含ませることも可能になります。またこれは、日本人特有の気質であり、サーキュラーエコノミーにおける日本ならではのアドバンテージとも思われますが、次に使う誰かを想像した丁寧なモノの扱いや手放し方が、暮らしの質や自律性を高めるとも言えるでしょう。物質的豊かさが飽和し、高性能や低価格といった、分かりやすい価値がコモディティ化した昨今、こうした社会的価値が市場からも求められており「サーキュラー」の意義の本質はそこにこそあると言えるのではないでしょうか。
記事の前編はこちらからご確認をいただけます。 ・先進事例に見るサーキュラーエコノミーへのビジネスアプローチ(前編) |
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執筆者情報
中村 圭一(なかむら けいいち)
アミタ株式会社 サーキュラーデザイングループ
持続可能経済研究所
辰巳 愉子(たつみ ゆうこ)
アミタ株式会社 サーキュラーデザイングループ
持続可能経済研究所
長谷川 孝志(はせがわ たかし)
アミタ株式会社 サーキュラーデザイングループ
持続可能経済研究所
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