スローイノベーション(slow innovation)の時代1. セクター横断の協創が必要とされる時代背景 | 企業のサステナビリティ経営・自治体の町づくりに役立つ情報が満載

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コラム

スローイノベーション(slow innovation)の時代
1. セクター横断の協創が必要とされる時代背景
スローイノベーションの時代

kris-mikael-krister-aGihPIbrtVE-unsplash.jpgSDGsがますます注目される中、企業のCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)の必要性が高まってきています。CSVを成功させるには、行政やNPOを含むクロスセクターの協力関係を丁寧に築き上げ、粘り強く社会イノベーションに取り組むことが重要です。本コラムでは、Slow Innovation株式会社代表取締役 野村恭彦様より、社会イノベーションの基盤となる「市民協働イノベーションエコシステム」について解説いただき「地域から日本を変える」取り組みのヒントをお届けします。

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Photo by Kris Mikael Krister on Unsplash

ファストイノベーションから、スローイノベーションの時代へ

「スローフード」という言葉を聞いたことがありますか?

ハンバーガーのように10分ですませられる「ファストフード」に対し、材料を集め、みんなで料理をつくるというプロセスを大切にし、人と人との関係性を育みながら食事を楽しむのが「スローフード」のムーブメントです。今では、スローモビリティ(車を減らして徒歩や自転車での移動を増やす運動)、スローツーリズム(ただ観光地を回るのではなく、人や地域とつながる観光を増やす運動)、スローエネルギー(再生可能エネルギーを自らの手で発電する運動)など、あらゆる分野に「スローカルチャー」が広がっています。

イノベーションは「スローフード」のように、プロセスを大切にし、人と人との関係性をつくり、小さな変化がさざ波のように社会を進化させていくものだと実感してきました。短期的には小さな変化にしか見えないけれども、長期的には人々のマインドや関係性を変えながら、より大きな変革をゆっくりと起こす「スローイノベーション(slow innovation)」を推進していきたいと思っています。

企業は、市場サイズのある顧客ニーズに対してクイックに解決策を提供し、差別化することで利潤を得てきました。しかし、地球上の資源を持続可能に使っていくことがビジネスにも求められる時代背景となり、また人口減少など、日本が迎えている成熟社会においては、このファストイノベーションのメカニズムが機能しなくなってきています。それでも多くのメーカーは、この「儲けにつながる顧客ニーズ」を探す方法を繰り返しており、時代の変化にうまく適応できていません。

「スローイノベーション」は、地域を限定することで、社会課題に関わり得る地域のあらゆるステークホルダーを明確にします。企業・行政・NGOの3つのセクターの対話と協力を引き出すファシリテーションによって、その関係性を再構築することで、その地域にユニークなイノベーションを生み出していきます。

▼図:イノベーションは、ファストからスローへ

イノベーションのこれから.png

ファストイノベーションが、1,000に1つの新事業創造をめざして次々と顧客ニーズを発見し、解決していこうとするのに対し、スローイノベーションは、自分たちの社会課題に対するなんとかしたいという想いからスタートします。社会課題周辺のステークホルダーとの関係性を紡いでいき、その大きなエコシステムのなかで、小さなイノベーションを次々に仕掛けていきます。ですから、ファストイノベーションでは新事業が短期的に成果を挙げなければ撤退しますが、スローイノベーションの場合は改善を加えながら、長期的に取り組んでいきます。

つまり、スローイノベーションとは、社会課題を解決するまであきらめず、ステークホルダーと協力しあってみんなで実現していくイノベーションなのです。
どれだけステークホルダーや株主からイノベーションのプレッシャーを受けていたとしても、SDGsを象徴とする社会課題解決のイノベーションは、スローイノベーションの姿勢がなければ決してうまくいかないのです。

SDGs達成に向けた10年、ビジネスの焦点は社会イノベーションに

企業戦略はいま、転換点を迎えています。

企業戦略論の父とも言われるマイケル・ポーターは「戦略とは、持続的優位性を達成するためのポジショニングを構築すること」と定義し、企業は業界の環境の中で独自のユニークさを追求しなければならないと述べました。また彼は「戦略は、競争にさらされた組織がいかにして卓越した業績を達成するのか、その方法を説明する」とも指摘しています。企業は常に他社と競争しており、ユニークなポジションをつねに探し続け、そこに投資し続けなければならないということなのです。

そのマイケル・ポーターが、2011年に発表した論文が、CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)という新たな企業戦略論でした。社会問題の解決と利益の創出を両立し、企業に新たなビジネス機会をもたらす考えです。
(参考:Michael E. Porter and Mark R. Kramer, Creating Shared Value, Harvard Business Review, Jan-Feb 2011)

CSVは、社会インパクトとビジネスインパクトの好循環をつくるためのモデルです。競争を常に戦略の中心に据えていたポーターは宗旨替えをしたのではないかとも言われました。しかしこのCSVと は、ポーターの「新しいポジショニング戦略論」と捉える方がよいでしょう。つまり彼の主張は「社会課題解決への取り組み方そのものが、企業のこれからのポジショニングになる」ということだと捉えられるからです。

ESG投資の広がりによって企業の社会性がますます問われるようになり、SDGsを中期計画に入れない企業はほとんどなくなってきました。そして金融機関も、インベストメント(投資)からダイベストメント(投資撤退)への動きが無視できなくなってきています。つまり、すべてのお金に、社会によい使われ方の色と、社会によくない使われ方の色のどちらかの色がついて流通するようになってきたのです。電気も同じです。消費者は、ブロックチェーン(※1)技術のおかげで、自分の支払っている電気が再生可能エネルギーなのかどうか、正確に知ることが可能になってきました。

企業がCSVに取り組むのは、必然になっています。そして、CSVを成功させるには、クロスセクターの協力関係を築き上げ、一社では実現できない社会課題解決を行う必要があります。あなたの組織は、その準備ができているでしょうか。

(※1)ブロックチェーン...分散型ネットワークを構成する多数のコンピューターに、公開鍵暗号などの暗号技術を組み合わせ、取引情報などのデータを同期して記録する手法。出典:デジタル大辞泉(小学館)

「つなげる30人」という「市民協働イノベーションエコシステム」

私たちは「渋谷をつなげる30人」を4年間、そして昨年からは「京都をつなげる30人」「ナゴヤをつなげる30人」「気仙沼をつなげる30人」と日本全国に「つなげる30人」のプログラムをスタートさせてきました。

私たちは、各地域での「つなげる30人」の推進をコアアクティビティとしています。自治体の市民協働・企業協創・政策形成とつなげることで、各地域に生きた「市民協働イノベーションエコシステム」を構築していき「イノベーションによる地域の発展」を推進しています。「市民協働イノベーションエコシステム」があれば、その地域で持続可能な観光やモビリティ、持続可能なエネルギーなど、地域主導の様々な社会イノベーションを起こしていくことができます。その結果「人と人との関係性を大切にした新しい社会の形」を地域のステークホルダーとともに「ゆっくりと」実現していきたいと考えています。

企業においても、SDGsへの取り組みがますます注目される昨今、クロスセクター協働によってCSVに積極的に取り組むことが求められています。企業は、スローイノベーションの姿勢で、行政やNPOを含むあらゆるステークホルダーとの関係性を構築しながら、地域社会の未来をつくるCSVに取り組むことを戦略の中心に据えるべきです。一方で、実は地方自治体も、クロスセクター協働の鍵を握る存在と言えます。企業のCSVによるイノベーションを成功させるも、停滞させるも、地方自治体がイノベーションを起こしやすい環境をいかに構築できるか、その力量にかなり左右されることになると言っても過言ではありません。

セクターを横断し協創することでイノベーションを起こす、いわば地域の底力とも言える「市民協働イノベーションエコシステム」。私たちは、このスローイノベーションが「地域から日本を変える」ことになると信じています。このような社会イノベーションの仕組みの構築に一緒に取り組んでみませんか?

本コラムでは「市民協働イノベーションエコシステム」に参画する各セクターの役割や、協働する意義をお伝えし、これからの時代のイノベーションについて考えていきたいと思います。

関連情報

つなげる30人新聞.pngSlow Innovation株式会社では、社会イノベーションの基盤としての「市民協働イノベーションエコシステム」づくりのために、地域内の企業・行政・NPOなどセクターを超えた30人のマルチステークホルダーが協働する地域主導プログラム「つなげる30人(Project30)」を展開しています。2016年渋谷区からはじまった同プログラムは、2020年現在、京都市、名古屋市、気仙沼市へと広がっています。

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執筆者プロフィール

takahiko_nomura_rev1.jpg野村 恭彦(のむら たかひこ)氏
Slow Innovation株式会社 代表取締役
金沢工業大学(K.I.T.虎ノ門大学院)イノベーションマネジメント研究科 教授。博士(工学)
国際大学GLOCOM 主幹研究員、日本ナレッジ・マネジメント学会 理事、
日本ファシリテーション協会フェロー、社団法人渋谷未来デザイン フューチャーデザイナー。

慶應義塾大学修了後、富士ゼロックス株式会社入社。同社の「ドキュメントからナレッジへ」の事業変革ビジョンづくりを経て、2000年に新規ナレッジサービス事業KDIを立ち上げ。2012年6月、企業、行政、NPOを横断する社会イノベーションをけん引するため、株式会社フューチャーセッションズを創設。2016年度より、渋谷区に関わる企業・行政・NPO横断のイノベーションプロジェクトである「渋谷をつなげる30人」をスタート。2019年10月1日、地域から市民協働イノベーションを起こすための社会変革活動に集中するため、Slow Innovation株式会社を設立。

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