コラム
産業連関表|地域全体のお金の流れを把握する 人・もの・カネ・気もちが巡る「地域分散シナリオ」
現在の日本において、過疎と過密は進行し、一部の都市部では社会増による人口増加が、農村部では自然減と社会減の両面から人口減少がみられます。この様子は「消滅可能性都市」という言葉で注目を浴びました。日本経済はバブル時代までのような右肩上がりは望めず、少子高齢化で増える社会保障費と減る税収。日本全体の税収の一部を地域にまわすしくみも崩壊寸前です。そんな中、今後注目されるのが地域内での経済循環を高めるしくみです。
そこで本コラムでは、幸せ経済社会研究所の新津尚子氏に、持続可能社会の鍵をにぎる「地域分散シナリオ」について、参考事例などを交えて連載していただきます。第5回は地域経済全体の構造を把握する手法、産業連関表をご紹介します。
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産業連関表とは何か|LM3との違い
前回は「事業者などが、どの程度地域経済に貢献しているのか」を測定する方法として「LM3」を紹介しました。LM3は、個々の事業所の地域経済への貢献度を示すことはできますが、地域経済全体の構造の把握には向いていません。自治体が地域経済の「お金の漏れ穴」を把握し、打ち手を考えるためには、さらにマクロな視点から地域経済を測定することが望ましいでしょう。そこで今回は、地域全体の産業経済を把握する方法として「産業連関表」を用いた分析を紹介します。
産業連関表とは、ある地域(国・都道府県・市町村など)における1年間の産業間の売り買いの関係や各産業で発生する付加価値などを一覧表にしたものです。ある産業が生産活動を行うためには、他の産業から原材料などを仕入れる必要があります。例えば農業を行うためには、種子や苗木、肥料、トラクターやその燃料が必要です。種子と苗木は農林漁業の中の「非食用作物」部門、化学肥料は「化学肥料」部門、トラクターは「農業用機械」部門、ガソリンは「石油製品」部門とさまざまな産業から仕入れを行っています。
そしてある産業で生産されたモノは、他の産業の原材料などとして販売されます。農作物であれば、卸売業者(商業の「卸売」部門)に売られ、さらに小売店(商業の「小売」部門)や飲食店(対個人サービスの「飲食サービス」部門)、ホテル(対個人サービスの「宿泊業」部門)などに売られます。産業連関表はこうした関係性を一覧表にしたものです。サプライチェーンのつながりを一覧表にしたものということもできます。
自治体による産業連関表の活用
それでは自治体は産業連関表をどのように活用できるのでしょうか。2019年3月16日、筆者が所属する幸せ経済社会研究所(有限会社イーズ)では、熊本県南小国町(人口約4,000人)、島根県海士町(人口約2,400人)、北海道下川町(人口約3,500人)の方々を登壇者としてむかえ「地域経済循環フォーラム」を開催しました。このうち、南小国町と下川町は町独自の産業連関表をすでに作成しています。(写真:地域経済循環フォーラムの様子。会場には34都道府県から約200名の方が来場した)
フォーラムの内容は、次回、詳しく紹介する予定ですが、ここでは産業連関表の地域による活用事例として、フォーラムでの南小国町と下川町の説明を一部引用します。
南小国町:町の産業で、お金の流出が多かったのは、製造・加工などの第二次産業や、医療・介護分野だった。
下川町:町の産業経済に関しては、年に215億円くらい生産額がある。林業や農業などの産業が、下川町の外にモノを売って稼いでいる金額は75億円くらい。逆に、産業生産に伴いエネルギーなどを買うために下川町外に出ていく金額は126億円くらい。これを差し引きしたものは国で言えば貿易収支にあたるが、マイナス52億円くらいになる。
両町とも、自分の町の産業経済の規模や赤字額、そしてどこからお金が漏れているのかを把握しています。この分析を可能にしているのが産業連関表です。
市町村の産業連関表で分かる漏れ穴|黒字と赤字の部門が明確になる
南小国町と下川町では、都道府県の産業連関表から、さらに町の産業連関表を切り出すことで、町独自の産業連関表を作成しています。地域経済を考える上で、市町村レベルで産業連関表を作成する利点は、市や町の経済規模がわかること、そして黒字部門と赤字部門がはっきりすることです。
南小国町の場合、製造・加工分野や、医療・介護分野でのお金の流出が多いことがわかっていることにより、どの漏れ穴をどういう方法で塞ぐのかを考えることができます。下川町では、農業部門は町外に野菜を売って「外貨」を稼ぐ収入源である一方で、町の人達は町外で生産された野菜を購入して食べていることが明らかになったそうです。この漏れ穴を塞ぐために、町の人達が食べる野菜を町内で栽培する取り組みを進めています。
このように産業連関表を作成し、地域の産業の強みと弱みを明らかにすることは、将来に向けての対策を考える上で大きな助けとなります。現在、産業連関表を作っている基礎自治体は、政令指定都市など大きな自治体がほとんどです。しかし、人口が小さい自治体の場合、人口が大きな自治体では効果が見えにくいような小さな働きかけでも、大きな変化が生み出される可能性があるため、産業連関表を作成する意味は大きいといえるでしょう。
産業連関表の読み方
表1 国の産業連関表の一部(表はクリックすると拡大します)
最後に、産業連関表の読み方を簡単に紹介します。表1は、国の2011年の産業連関表の一部(13部門分類表、数字の単位は100万円)です。
表を横方向に見ていくと、ある産業のモノやサービスの販売先を追うことができます。表1によると、農林水産業の場合、同じ農林水産業に1兆4,566億1,100万円販売しています(種子や苗木を野菜農家に売るなど)。それに対して電力・ガス・水道と金融・保険は0円です。農林水産業は、電力・ガス・水道産業と金融・保険業にはモノやサービスを売っていないのです。
今度は縦方向です。縦方向に表をみていくと「ある産業が、モノやサービスを生産する過程で、どの産業から原材料などを仕入れているのか」を追うことができます。農林水産業は、同じ農林水産業からは1兆4,566億1,100万円分の仕入れを行っています(野菜農家が種子や苗木を購入するなど)。農業を行うためには、ガソリンなどのエネルギーや水が必要なため、電力・ガス・水道産業からは1,290億2,700万円分を購入しています。
さらに表1の右側をみると輸入と輸出のデータが記されています。地域経済循環フォーラムでの上で引用した下川町の発言では「国で言えば」と断った上で「貿易収支」について言及していますが、この金額は、各町の産業連関表の輸出(移輸出)と輸入(移輸入)にあたるデータ(※)を用いて計算されています。「農林水産業」「鉱業」など産業部門ごとの移輸出額と移輸入額を比べることも可能です。このデータの把握は、漏れ穴を塞ごうとしている地域にとって、打ち手を考える上で大きな役割を果たします。もし「産業連関表を作成したものの活用していない」という自治体の方がいたら、ぜひ産業部門ごとの赤字・黒字の把握などにご活用ください。
※自治体の場合は、海外との取引だけではなく、日本国内の他地域の産業との取引を含めて「移輸出」「移輸入」と表現されます。
※産業連関表は作成方法によって精度が変わります。作成には、金額影響が大きい主要な事業所へ充分な聞き取り調査を行うことが重要です。
※表について:表1は平成23年(2011年)産業連関表
取引基本表(生産者価格評価表(13部門分類))の一部です。数字の単位は100万円。国の産業連関表は5年に一度発表されています。都道府県の産業連関表は、国の産業連関表を元に作成されます。
次回はこの連載の最終回になります。前回までは海外の事例を中心に紹介してきましたが、今回に続き次回は、地域経済循環フォーラムの内容から日本の地域の事例を紹介する予定です。
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執筆者プロフィール
新津 尚子(にいつ なおこ)氏
幸せ経済社会研究所 研究員
武蔵野大学ほか非常勤講師。東洋大学大学院社会学研究科社会学専攻 博士後期課程修了〔博士(社会学)〕。幸せ経済社会研究所では「世界・日本の幸せニュース」の編集や、社会調査(アンケート調査)などを主に担当している。
幸せ経済社会研究所 https://www.ishes.org/
■主な共著・寄稿文
『社会がみえる社会学』(2015年/北樹出版)
「幸福で持続可能な地域づくりとSDGsー海士町の取り組みを事例に」『月刊ガバナンス2月号』(2019年/ぎょうせい)
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