コラム
トットネスの事例|REconomy 地元経済を取り戻す取り組み 人・もの・カネ・気もちが巡る「地域分散シナリオ」
現在の日本において、過疎と過密は進行し、一部の都市部では社会増による人口増加が、農村部では自然減と社会減の両面から人口減少がみられます。この様子は「消滅可能性都市」という言葉で注目を浴びました。日本経済はバブル時代までのような右肩上がりは望めず、少子高齢化で増える社会保障費と減る税収。日本全体の税収の一部を地域にまわすしくみも崩壊寸前です。そんな中、今後注目されるのが地域内での経済循環を高めるしくみです。
そこで本コラムでは、幸せ経済社会研究所の新津尚子氏に、持続可能社会の鍵をにぎる「地域分散シナリオ」について、参考事例などを交えて連載していただきます。第2回は、トランジションタウン運動発祥の地として知られる英国トットネスの事例をご紹介します。(写真はトットネス駅の看板)
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地元経済の青写真|地域から出るお金の可視化
前回は、地域内でお金が循環する効果について「漏れバケツ理論」を紹介しました。地元のお店での買い物や、地元の事業所との取引は、地域からの「お金の漏れ」をふせぎ、地域内でお金が循環することにつながります。地域内で循環するお金が増えれば、地域内の事業や人々もその恩恵を受けられるのですが、その効果はわかりにくいものです。だからこそ「実際にどれくらいのお金が漏れているのか」「漏れを塞ぐことによってどのような効果があるのか」を可視化することが重要な役割を果たします。(写真はトットネスの街並み)
この可視化にはいくつかの方法がありますが、英国のトットネス地方の『地元経済の青写真』というガイドブックに記載されている取り組みを紹介します。トットネスは、英国の南部に位置する人口8,000人ほどの地域で、世界的に広がるトランジションタウン運動(地域にある資源やそこに住む人々のスキル、創造力を最大限活かしながら、コミュニティを持続可能なものへ移行させていく草の根運動)発祥の地として知られています。このトットネスで現在行われている活動のひとつが「地元経済を取り戻す(REconomy)」運動です。
トットネスのREconomyで羅針盤的な役割を果たしているのが、30ページあまりの『地元経済の青写真』です。これはトットネスの人々にお金の流れを地元に取り戻す意味や、地域からのお金の漏れを知らせるためのガイドブックです。それは、地元経済を取り戻す可能性を知ることにつながり、取り組みを行う際のガイドラインにもなっています。一つ一つ見ていきましょう。
(1)お金の流れを地元化する意味を伝える:ガイドブックでは「地元の個人商店で、地元産の商品を買うこと」によって、地元への貢献度が最も高くなるしくみなど、お金の流れを地元に取り戻す意味が説明されています。
(2)お金の漏れの実態を知らせる:飲食物、住宅の改修、再生可能エネルギー、ケアと健康の4分野のデータが紹介されています。例えば飲食物では、トットネス地方のすべての小売店に支払われた金額は、1年間でおよそ3,000万ポンド(約43億円、2019年3月現在、以下同様)ですが、そのうち地元で生産された食料は800万ポンド(27%)にすぎず、2,200万ポンド(73%)の飲食物は地域外から運ばれてきます。また、スーパーマーケットと個人商店に支払われた金額の比較も行われています。個人商店で購入するほうが、地域からのお金の漏れは小さくなります。
(3)地元経済の取り戻しの可能性を伝える:(2)のデータは、そのまま「お金の流れを地元化できるチャンス」を示しています。地元で作られた飲食物の割合が27%ということは、73%も改善の余地がある、ということでもあります。金額で言えば、今後食料調達の地元化を進めることで、トットネスでは約2,200万ポンドが地元経済に循環する余地がある、というわけです。
(4)地域で取り組みを行う際のガイドラインになる:この報告書をもとに地元経済のチャンスを高める取り組みがいくつも行われています。3つのプロジェクトを紹介します。
トットネス10:トットネス10は「現在の食費の10%分を地元の個人商店で購入しよう!」と呼びかけるプロジェクトです。このプロジェクトではまた「地元で取れた食材を75%以上使っていないと出店できない」というルールのフード・フェスティバルも開催しています。「お肉のお店はあるけれど、ケーキのお店もコーヒーのお店もない」など、トットネスで何が作られて、何が作られていないかがよくわかるそうです。
グローン・イン・トットネス(トットネスで育てられたもの):グローン・イン・トットネスでは「トットネスでは家畜の餌のためのオーツ麦は栽培されているのに、人間のために加工されていない」ことに着目し、小型の脱穀機を手に入れ、地元の農家から仕入れたオーツ麦を、オートミールなどに加工して地元の商店などに卸しています(グローン・イン・トットネスとしての活動は、2018年に終了しています)。
ニューライオンビール醸造所:トットネスには、以前はビール醸造所がありましたが、1926年になくなってしまいました。それを復活させたのが2013年にオープンしたニューライオンビール醸造所です。原料もなるべく地元産のものを使うようにしていています。2017年のレポートによると、ニューライオンビール醸造所は、地元に3名のフルタイムの仕事をもたらしている他、卸売価格にして週に2,500ポンド分(約36万円)のビールの売上が地域外に支払われることを防いでいます。(写真はNew Lion Breweryが「地元起業家フォーラム」を祝して、特別に作ったBlack Oat Mildです。)
地元起業家フォーラム:ビジネスと人々をつなぐ場
上の例からは、地産地消の可能性を可視化することで、様々なビジネスや働きかけのチャンスが見えてくることがわかります。ただし、ビジネスを始めるためには、地元の人々の応援も必要です。ここで大きな役割を果たすのが「地元起業家フォーラム」です。年に1度、あるいは2度開催されているこのフォーラムでは、地元の起業家が、自分のプロジェクトを発表し、関心を持った人が、そのビジネスを支援します。先ほど紹介したグローン・イン・トットネスとニューライオンビール醸造所もフォーラムで発表しています。2017年のフォーラムでは、5つのプロジェクトの発表があり、約9,600ポンド(約140万円)の投資、約2,000ポンド(約30万円)の寄付などを集めました。(写真はトットネスの住宅)
このフォーラムでは金銭的な支援だけではなく、法律・マーケティングなどのサービス、労働力・食事、そしてハグ(!)といった支援も寄せられます。フォーラムは、人々が地元のビジネスを知るチャンスでもあります。つまり、単に投資を集めるだけではなく、地元のビジネスと、地元のビジネスを応援したい人々をつなぐ役割を果たしているのです。こうしたつながりは、お金が地域で循環する上でも重要な役割を果たします。
最近、日本でも、地元の人が、地元の活動を応援するための取り組みを耳にします。千葉県いすみ市のローカル起業フォーラムや神奈川県鎌倉市のカマコンなどです。例えばカマコンでは、毎月、地域で何か取り組みを始めたい人や、地域で活動していて困ったことがある人が4組、5分間の発表を行います。その内容に対して、参加者がブレインストーミングを行い、沢山の解決策を考え、発表を行った人に贈るのです。毎回約100名の参加者が集まるそうですから、大変な賑わいです。金銭的な投資を集めることが目的ではありませんが「地元で取り組みを行う人」と「地元の活動を応援しようと思っている人」をつなげる役割を果たしているという意味では、トットネスの地元起業家フォーラムと同様の役割を果たしていると言えるでしょう。
地域内のお金と人の循環
地元起業家フォーラムは、地元に根ざした取り組みを行うためには「応援してくれる人々」の役割が重要であることを教えてくれます。トットネスの取り組みが優れているところは、『地元経済の青写真』によって「地域経済の漏れ穴を塞ぐ」という目的が共有されている中で、様々な活動が行われていること、そしてそうした取り組みを支える地元起業家フォーラムが有機的につながっているところです。
次回は、自治体の調達を地元化することで、地域経済の漏れ穴を塞ぐ取り組みを紹介します。
関連情報
執筆者プロフィール
新津 尚子(にいつ なおこ)氏
幸せ経済社会研究所 研究員
武蔵野大学ほか非常勤講師。東洋大学大学院社会学研究科社会学専攻 博士後期課程修了〔博士(社会学)〕。幸せ経済社会研究所では「世界・日本の幸せニュース」の編集や、社会調査(アンケート調査)などを主に担当している。
幸せ経済社会研究所 https://www.ishes.org/
■主な共著・寄稿文
『社会がみえる社会学』(2015年/北樹出版)
「幸福で持続可能な地域づくりとSDGsー海士町の取り組みを事例に」『月刊ガバナンス2月号』(2019年/ぎょうせい)
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