コラム
生物多様性の評価方法とは~生物多様性とSDGs③~本多清のいまさら聞けない、「企業と生物多様性」
生物多様性保全の取り組みについてどのように結果を評価すればよいのでしょうか。本記事では生物多様性と向き合うときの考え方から、評価方法について解説いたします。「生物多様性とSDGs」をテーマにした解説コラム第3弾です。
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生物多様性の評価は難しい?
のっけからで恐縮ですが、本音を言えば「生物多様性は測れると思うな!」と言いたいところです。とくに「CO2排出量の削減」と同じ視点からの評価方法をイメージされている方に対しては。
なぜか。CO2は世界中どこでも完全に同じ質量と性質をもつ物質です。ですから誰もが完全に同じものを再生(排出)しています。一方の生物多様性は「一つとして同じものはなく、かつ同じことは二度と繰り返されない」ものです。同じ種や品種であっても個体によって異なりますし、作物の栽培や漁獲、動植物の繁殖も、毎年の天候その他の自然条件に左右されるため、完全に同じ条件には絶対になりえません。たとえ遺伝子レベルで同じ個体のクローン(接ぎ木の果樹など)であったとしても、それは同じことです。そのようなものをCO2排出量と同様に測ったり定量的に評価したりすることができるわけがありません。
もちろん、実際の保全活動に際しては一定の範囲で生物多様性を測り、可能な範囲で定量的に評価することも必要です。ただし、評価や保全の際には色々と気を付けるべき事柄があります。例えば以下のようなことです。
① 生きものの種類が多ければ良いわけではない。
例えば「白神山地の森」と「明治神宮の森」では、どちらが豊かな森と言えるでしょうか。樹木の種類が多い方が豊かという視点でみると、世界遺産の白神山地はブナ中心の純林(単一種の樹木中心の森)であり、一方の明治神宮は全国の多種多様な樹木が200種以上も植栽されていますから、明治神宮の森が圧勝でしょう。しかし白神山地は氷河期に分布域を南下させてきたブナ林が当時の姿のまま残っているもので、一方の明治神宮は明治期に人為的な植栽が行われたものです。どちらも大切な環境であることは間違いありませんが、白神山地の森には地球史的な背景があり、独自の生態系が育まれています。樹木の種類が少ないからと言って「明治神宮の森より価値が低い」と考える人はいないでしょう。
同様にA川の魚の種類の数が、隣を流れるB川の半分以下だとしても、一概に「A川の生物多様性はB川より劣っている」とは言えないわけです。A川の魚の顔ぶれの成り立ちには独自の地球史的な背景があるのかもしれません。大切なのは「そこにいる生きものたちの暮らしの成り立ちや歴史的背景を読み解くこと」なのです。
② 貴重な生きものがいなくても価値が低いわけではない。
里山の自然環境の価値を高く評価する際に、何も特別天然記念物のトキやコウノトリが生息していなければならない理由はありません。絶滅危惧種とされるサシバやミゾゴイなどの希少鳥類がいれば素晴らしいことですが、いないからといって「価値が低い」わけでは決してありません。その地域に本来生息している「普通の生きものたち」が安定的に暮らしていける環境であることが一番大切なのです。
なぜなら、今の希少な生物種の多くは、ちょっと昔までは「ごく普通の生きものたち」だったからです。そして希少な種も普通の種も「他の様々な生物との関係性なしには生きられない」のです。今の「普通の在来生物たち」が継続的に暮らせる環境であれば、やがて希少な生物種が戻ってくる可能性もあるでしょう。そうした生きものたちが「未来の普通の生きものたち」になり得る環境こそが価値あるものなのです。多くの「普通の生きものたち」が希少種となった大きな要因の一つに外来生物の影響があります。もし外来生物が全くいない、在来生物だけの環境であれば、そのことだけでも大変貴重な環境と言えるわけです。
③ 人が手をつけなければ生物多様性を守れるわけではない。
また、人が手をつけないことが、必ずしも生物多様性の保全につながるわけではありません。日本では里山などに代表されるように、人の営みがあってこそ維持される生態系が多いためです。むしろ近年は、人の営みが衰退したことによる生物多様性の劣化が深刻視されています。
生物多様性の評価方法のカギは「従業員と生きものたちの関係性」
ではどのように生物多様性の保全の取組み効果を測るのか。実は「普通の生きもの」しかおらず、種類の数も決して多くはない環境を「豊か」に評価できる、とっておきの方法があります。それは「その生きものたちを知り、関わること」です。そうすることで、生物多様性を定量的に評価することも可能になります。なぜなら、生物多様性とは(私たち人間を含む)様々な生きものたちの関係性そのものだからです。
例えば事業所敷地内に生息する生きものの名前を草、虫(昆虫だけでなくカタツムリ等の軟体動物やカエル等の両生類を含めてもよい)、鳥ごとに1種類以上覚えた従業員をレベルA1、3種類以上覚えた人をレベルA2とします。次に、それらの鳴き声や花の姿などの特徴を覚えた人をレベルB1やB2、さらに「どんなものを食べて、どんなふうに暮らしているか」という生態まで覚えた人をレベルC1やC2とします。そして何らかの生きものを守り育むためのアクション始めた人をレベルD1やD2をという具合にカテゴライズし、これらを定期的なアンケートでレベルアップを目指す取り組みを行います。このような手法で「生物多様性に関わる従業員のレベルアップ度」が定量的に評価できるのです【表-1】。
ここでは知識のみを高めているA3やC3よりも、保全のために何らかの行動を始めているD1のほうが、ポジションが高いという整理をしています。そのようにレベルアップした従業員の関心の範囲は、やがて事業所の敷地内から地域へ、そして地球環境にまで広がっていくことでしょう。
【図-1】
このような従業員の環境意識の向上に基づく評価システムを最初に取り入れた日本の企業はNECです。同社の「NEC田んぼ作りプロジェクト」では2004年から荒廃した耕作放棄地の水田を再生する取組みを始め、その耕作を通じた維持管理活動や環境教育の中で育まれる従業員の「環境経営意識」の変化を継続的に調査することで定量的な評価方法を獲得したのです【図-1】。具体的には「環境知識」と「個人行動」を軸とする4象限でこれらを表現しています。
この活動初期の担当責任者は当時「こうした(水田再生と農業体験や環境教育の)活動を通じてNEC社員のDNAに環境意識を組み込むことが狙いです。」と語っておられました。
このような方法で環境意識を高めた人材を育むことは、非常に有意義な「生物多様性の向上策と評価方法」ともいえるでしょう。なぜなら前述した通り、日本の生物多様性の大半は「人間社会との関係性の中で育まれている」 からです。人が手を付けないことで守られるのはごく一部の原生的な自然のみで、多くは人の営みがあるからこそ維持されているのです。
(写真:NEC田んぼ作りプロジェクトでの田植え作業。企業、地域のNPO、地場産業(酒造会社)等が協働で荒廃した谷津田の耕作放棄地を「共生の舞台」に復活させた。)
定量的な排出CO2削減も生物多様性保全策に
このような評価方法とは対照的に、排出CO2の削減効果は質量を定量的に測れますが、これを生物多様性の保全策に位置付けられることを忘れてはいけません。WWFジャパンの発表によると、地球上で絶滅が危惧されている生物のうち、約15%の種は地球温暖化の影響を受けているのです 。ホッキョクグマやペンギンだけではありません。熱帯雨林のオランウータンやサバンナのアフリカゾウ、海のクジラやウミガメまでもが気候変動による影響で絶滅の淵へ追いやられようとしています。国内でも沖縄のサンゴ礁や、北海道の流氷の海の生態系への影響が懸念されています。
排出CO2の削減はこうした生きものたちの暮らしを守ることにも直結しているので、これらの生物種から自社のイメージに合うシンボリックな動物を自社の指標アニマルに設定し「私たちは○○を守るためにCO2排出量の削減を推進します。」というPR戦略をとることも有効だと思います。
また、CO2排出量の削減策の中には、身近な生きものを守る効果を定量的に測ることが可能な方法もあります。
例えば、ボイラー等のエネルギー源の一部を「国産の木質ペレット」に、できれば「広葉樹の木質ペレット」に転換することです。日本の森林の多くは「里山」であり、現在、その多くが荒廃し、生物多様性が劣化しています。その影響をもっとも受けている動物が、唱歌「ふるさと」にも歌われるノウサギです。かつて里山は燃料源の薪炭林として人々の暮らしを支えていました。ナラやクヌギは定期的に伐採され、その切り株から再び若い枝が萌芽して成長します。ノウサギは冬眠をしない習性なので、この切り株から萌芽した若い枝を冬場の主な食糧として暮らしていたのです。「うさぎ追いしかの山」と歌われた通り、ノウサギは薪炭林を中心とする里山の代表的な生きものでした。
しかし燃料革命で薪炭林が利用されなくなると萌芽した若枝が成長して老熟し、シカなどと比べて体の小さなノウサギは背の高くなった木々の枝葉に口が届かず、冬場の食べ物を失って激減していきました。このことを検証するためにノウサギの個体数を調査しながら老熟した薪炭林を伐採した実験では、ノウサギの個体数増加に有意な効果が認められたそうです。ノウサギはクマタカやイヌワシといった大型猛禽類の重要な食糧なので、その個体数増加はこれらの希少な猛禽類を守ることにもつながります。企業がエネルギー源のうちの何割かを国産の木質ペレットに、そのさらに何割かを広葉樹のペレットに転換すれば、再びノウサギたちの姿が里山に戻ってくることでしょう。
カシやクヌギ、ナラなど「ドングリの木」の木の切り株から萌芽した若枝は、十数年後には再び伐採できるほどに成長します。薪炭林は伐採と萌芽を繰り返しながら、人里の暮らしに燃料を、山の動物たちにはドングリや萌芽の若枝を食料として提供してきました。 |
冒頭で「生物多様性を測れると思うな!」と述べましたが、人の営みと生きものの暮らしの関係性を一定の範囲で定量的に示すことは可能です。例えば「茶碗一杯分の米はオタマジャクシ35匹を育み、メダカ1匹は85杯分の米に育まれる」という、お米と水田の生物との定量的な関係性を「農と自然の研究所」代表の宇根豊氏が唱えています。同じように「広葉樹の木質ペレット1トンはX匹のノウサギを育み、同ペレットYトンがクマタカ1羽を、Zトンが繁殖可能なイヌワシ夫婦を一組育む力がある」という定量的な効果を割り出すことも十分可能だと思います。さて、この定量的な関係性を、排出CO2削減実績のPRに取り入れる最初の日本企業はどこになるでしょうか。
次回は企業が開発等に伴って行うべき「生物多様性オフセット」や、地域や市場の社会環境(生態系)の向上と持続可能性に寄与するための「足元でできる取組み」について、具体的な手法を紹介したいと思います。
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執筆者プロフィール(執筆時点)
本多 清(ほんだ きよし)
アミタホールディングス株式会社
経営戦略グループ
環境ジャーナリスト(ペンネーム/多田実)を経て現職。自然再生事業、農林水産業の持続的展開、野生動物の保全等を専門とする。外来生物法の施行検討作業への参画や、CSR活動支援、生物多様性保全型農業、稀少生物の保全に関する調査・技術支援・コンサルティング等の実績を持つ。著書に『境界線上の動物たち』(小学館)、『魔法じゃないよ、アサザだよ』(合同出版)、『四万十川・歩いて下る』(築地書館)など。
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