コラム
「生物多様性」に倣う企業のSDGs戦略とは?
~生物多様性とSDGs②~本多清のいまさら聞けない、「企業と生物多様性」
生物多様性とは地球上の多種多様な生物が、様々な形で関わり合いながら暮らしている状態です。生態系と生物多様性の違い、そして企業が「生物多様性とSDGs」をテーマとする取り組みを構築していく際のポイントについて解説します。「生物多様性とSDGs」をテーマにした解説コラム第2弾です。
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目次 |
「生態系」と「生物多様性」の違い、その仕組みと戦略モデルとは
まず、今さらですが「生態系」と「生物多様性」の違いについて簡単な整理をします。
- 「生態系(Ecosystem(エコシステム))」とは、ある一定の環境空間において多様な生物同士が担っている物質循環システムのことを指します。その構成者は生産者・消費者・分解者の3者です。
- 「生物多様性(Biodiversity(バイオダイバーシティ))」とは、地球上の様々な環境の中で適応進化した多種多様な生物(人類を含む)が、様々な形で関わり合いながら暮らしている状態を表わす概念です。
次に「生物多様性」の仕組みについておさらいしましょう。環境省が「生物多様性の3つのレベル」と呼ぶように、生物多様性はまず「遺伝子の多様性」があり、次に「生物種の多様性」があり、そして「生態系の多様性」があります。じつは、この「3つの多様性」のそれぞれに「生存リスクに対応する戦略的な機能」、つまり持続可能な繁栄のための戦略システムがあるのです。それを以下で確認してみましょう。
- 「遺伝子の多様性」:〔生物種の存続危機に対応する機能〕
同種の生物でも地域や個体ごとに様々な特色や個性があることを指し、生物種の存続の危機に対応する機能があります。例えば、種を絶滅の危機に陥れるような伝染病が発生した場合でも、抗体をもつ遺伝子の個体が生き残って種を絶滅から守ることができます。 - 「生物種の多様性」:〔地域の生態系の危機に対応する機能〕
多種多様な種の生物が存在することを指し、生態系の混乱の危機を未然に防ぐ機能があります。例えば、一見よく似た姿でも微妙に生態(暮らしぶり)を変えた多様な種がいることで、ある地域で生態系を担っているA種の生物が減少しても、その役割を代替するB種やC種が勢力を拡大して生態系が大きく混乱することを防ぎます。(※地域の生態系で代替不能な役割をもつ特別な存在の生物種のことを「キーストーン種」と呼びます。) - 「生態系の多様性」:〔長期的な環境変動に対応する機能〕
地球上の多種多様な環境(極地から密林、砂漠、高山、深海など)に適応進化した生物種によって、多様な生態系が存在していることを指します。それにより、例えば、寒冷化や温暖化などの長期的な環境変動の影響で地域の生態系が劣化や消滅することを防ぐ機能が発揮されます。もし地球が寒くなれば北方系の生物が南下し、あるいは高山帯にいる生物が低地に降りてきて繁栄し、環境変動に応じた新たな生態系を担うのです。
このように、それぞれのリスクマネジメント戦略としての機能をもつ「3つのレベルの多様性」からなる生物多様性こそが、36億年もの生命の歴史の中で培われてきた「持続可能な繁栄のための戦略システム」なのです。これほどの長期的な成功実績をもつ「繁栄のための戦略モデル」に、SDGs戦略を担う企業が倣わない手はありません。
>生物多様性に倣うSDGs戦略の構築とは
それでは「3つのレベルの生物多様性」のそれぞれのレベルが担う機能をフェーズⅠ、Ⅱ、Ⅲとして整理し、【表-1】 のように「SDGs戦略における企業の役割」に置き換えながら、戦略構築のポイントを考えてみましょう。簡単に整理すると以下のようになります。
- フェーズⅠ(生物種の存続危機に対応する機能)では「人類という種の持続可能性(生態系における物質循環)の危機に対応する役割」を位置付ける。
- フェーズⅡ(地域の生態系の危機に対応する機能)では「地域社会や市場における環境や持続可能性の向上に寄与する役割」を位置付ける。
- フェーズⅢ(長期的な環境変動に対応する機能)では「時代の変遷に伴う社会的課題に対応する役割」を位置付ける。
という具合に、それぞれのフェーズにおける企業の役割が置き換えられるでしょう。
▽【表-1】生物多様性の3つのレベルに対応する「SDGs戦略における企業の役割」の概念
フェーズⅠ | フェーズⅡ | フェーズⅢ | |
生物多様性のレベル | 遺伝子の多様性 | 生物種の多様性 | 生態系の多様性 |
生存リスクに対応する機能※ | 生物種の存続危機に対応する | 地域の生態系の危機に対応する | 長期的な環境変動に対応する |
生物多様性の機能に倣ったSDGs戦略における企業の役割 | 人類の持続可能性(生態系における物質循環)の危機への対応 | 地域社会や市場社会における環境や持続可能性の向上に向けた対応 | 時代の変遷に伴う社会的課題への対応 |
企業の取り組み例 |
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※多様性が果たす役割には様々なものがありますが、ここでは生存リスクに対して果たす役割を紹介しています。
まずフェーズⅠとして、生物種の危機に対応する「遺伝子の多様性」に倣ったSDGs戦略について考えましょう。これを企業の社会的役割に置き換えれば「人類という種の持続可能性の危機への個々の企業の対応」に例えられます。それは即ち、企業が従前の「生産者と消費者のみで成立する市場経済」から脱却するため、生態系における物質循環を担う「分解者」としての自覚を持ち、その責務を果たすことに置き換えられると思います。
多くの企業は市場経済において「(商品の)生産者」と「(資源の)消費者」の2者の役割を果たしていますが、ここに「(排出物の)分解者」としての役割や、排出量を抑えるシステムを取りいれるのです。前回述べた「ハーマン・デイリーの3原則」が指摘している通り、人類の持続可能性の危機は「生産と消費と排出の不適解」から生じています。この不適解を最適解に転換していくSDGs戦略を構築するうえで「企業が分解者としての自覚を持つことは必須の第一歩」といえるでしょう。具体的には「廃棄物のゼロ化」や「製品リサイクルの高度化」「排出CO2の削減」などがこれに該当します。
企業が「地域や市場で果たすべき役割」とは
次にフェーズⅡとして、地域の生態系の危機に対応する「生物種の多様性」に倣ったSDGs戦略を考えてみましょう。このフェーズでは「地域社会(=生態系)や市場における環境や持続可能性の向上に寄与する」という視点が中心となります。つまり「自社の事業所等が所在する地域社会への対応や、自社製品の持続可能性への対応等」に置き換えることができるでしょう。前回述べたように、製品やサービスなど、全ての事業の持続可能な開発の是非は、多かれ少なかれ生物多様性と結びついているからです。
例えば、広大な工場緑地には思わぬ「地域の宝物(=貴重な生物)」が潜んでいることは珍しくありません。その宝物を見つけ、従業員と共に価値を可視化しながら保全していくことは、紛れもなく地域社会における「共有価値の創造(CSV)」につながります。
あるいは単に工場の排水基準を満たすだけではなく「清浄化された排水を地域の生物多様性の向上に活用する」、とか「排水に関わる環境課題を、地域の生物多様性を保全しながら解決する」という取り組みも挙げられるでしょう。工場の排水システムに地域の水辺の生きものの生息環境を組み合わせることで、排水のBOD(生物化学的酸素要求量)の低減化や、厄介な夏場の藻の繁茂によるpH上昇の抑制といった課題も、生きものたちの力を借り、生態系を守り育みながら解決することができるのです。
また、自社の製品を開発する際に「分解者としての自覚と視点」を取り入れることも必要です。例えば自社製品の全てのパーツを再生素材で構築し、かつ従来製品よりも高い品質のものを開発すれば、新たな枯渇性資源を使わずに市場での優位性を確保できます。古くなった製品は自社に戻り、新たな製品に生まれ変わるのです。こうした事業戦略の展開が「持続可能な生態系としての市場社会」を構築することにつながります。
最後に、フェーズⅢとして、長期的な環境変動に対応する「生態系の多様性」に倣ったSDGs戦略を考えてみましょう。これは「時代の変化による社会的変動に伴う課題への対応」に置き換えられると思います。具体的には「市場や社会での(SDGsの目標達成と生物多様性向上策を促進させる)公共的な機能への参画」が挙げられるでしょう。時代の変遷の中で社会構造が変化し、多様化する市場や社会において、もはや自治体行政が公共機能を十分に果たせなくなりつつあります。そこで企業が公共的な機能を果たすビジネスを展開することで、自治体行政のみでは達成できないSDGsの目標達成や生物多様性向上に向けた戦略を担うことができます。SDGsの開発目標の最後に掲げられている「目標17:パートナーシップで目標を達成しよう」とは、まさにこうした連携による目標達成を示しているのです。
例えば、多様な主体が自治体機能を担うことで地域の活性化を図る「ブロックチェーン都市」が、その一例になると思います。日本では、加賀市が国内初の取り組みを進めています。これには地域住民や自治体行政と連携した戦略構築と実施が不可欠になります。アミタではこのような公共機能を担う事業領域を「社会デザイン事業」と呼び、東日本大震災の被災地である宮城県南三陸町などで事業モデルの開発を進めています。
いかがでしょうか。連載後半ではフェーズⅡ、フェーズⅢについて、具体的な企業の取組み事例を紹介していきたいと思います。次回は、企業の生物多様性担当者の悩みどころである「生物多様性の評価方法」について解説します。
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執筆者プロフィール(執筆時点)
本多 清(ほんだ きよし)
アミタホールディングス株式会社
経営戦略グループ
環境ジャーナリスト(ペンネーム/多田実)を経て現職。自然再生事業、農林水産業の持続的展開、野生動物の保全等を専門とする。外来生物法の施行検討作業への参画や、CSR活動支援、生物多様性保全型農業、稀少生物の保全に関する調査・技術支援・コンサルティング等の実績を持つ。著書に『境界線上の動物たち』(小学館)、『魔法じゃないよ、アサザだよ』(合同出版)、『四万十川・歩いて下る』(築地書館)など。
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