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統合報告書を通じて、社内の価値創造能力を高める企業の持続性を高める!統合報告活用のすすめ

Some_rights_reserved_by_MDGovpics.jpg本コラムは、近年、企業報告の実務として広がりを見せている統合報告について連載します。今回は「統合報告書を通じて、社内の価値創造能力を高める」がテーマです。

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対外的なコミュニケーション手段としての企業報告とその弊害

企業報告は「報告」という言葉に表されるように、企業が情報を他者に対して伝えることを主目的としており、外部の情報利用者に対して情報を開示することに主眼が置かれています。伝統的な財務報告においても、情報利用者である投資家の意思決定に有用な情報を提供することが、その目的とされてきました。本コラムで取り上げる統合報告は、財務情報だけでなく、より広く非財務情報も含む形で企業価値も含むものですが、その主たる目的が情報の対外的なコミュニケーションにある点は変わりません。

しかし、本当に対外的なコミュニケーションだけを目的とした報告で良いのでしょうか。IIRC(国際統合報告評議会 以下IIRC)によれば、統合報告の究極の目的は、報告とそれに伴う一連の社内外のプロセスを通じて中長期的な価値創造につなげること、そして、資本市場全体における面的な広がりによって長期持続的な価値創造サイクルが構築されることにあります。情報開示だけで、これらが実現できるのでしょうか。

実際、企業の統合報告実務においても、統合報告書の作成それ自体が目的化しているケースもあるように感じています。最も典型的なケースは、企画から文章起こしまで、報告実務を丸ごと制作会社に任せてしまっている場合です。一方、社内スタッフが報告書作成において中心的な役割を果たしている場合も多くあります。IR部や広報部などの主管部署から依頼を受けた各部署が情報を集め、原稿を起こし、これらを主管部署が報告書として取りまとめるケースが最も多いのではないでしょうか。しかし、このような場合であっても、集約された情報が経営のモニタリングを経ていない場合、作成された報告書は、広報文書としての域を出ていないと言って良いと思います。

統合報告と統合思考の好循環を実現するために

統合報告を情報開示だけで終わらせないためには、統合報告とあわせて、企業横断的に財務・非財務の両面から経営を推し進めるための「統合思考」を持ち合わせることが重要です。IIRCの国際統合報告フレームワークでは、統合報告と統合思考の好循環を通じた持続的な価値創造サイクルが提唱されています。こうした「統合報告と統合思考の好循環」を実現するにあたり、どのようなアプローチがあるのでしょうか。企業の取り組み例をもとに、以下そのポイントをご紹介します。

  • 統合思考による経営戦略の立案

統合報告の中核は将来の価値創造ストーリーを語ることにあり、将来のビジョン、ビジネスモデル、そして戦略が中心的な情報となります。自社の強みや経営資源(IIRCの言葉で言えば資本)、中長期的な社会経済環境の変化に関する認識を基礎として、中長期的なビジョンや戦略を再確認する取り組みが根幹となります。「長期ビジョンや戦略がないのですが、どうしたら統合報告は作れるのでしょうか」という質問をいただくこともあります。特にトップダウンでは無く、ボトムアップで統合報告書を作成されている企業に多いと思います。しかし、考えていただきたいのは、そのような長期ビジョンや戦略が無く、中長期的な価値創造を実現できるのか、という問題です。

一方、こうしたビジョンや戦略の検討を、財務や既存事業だけでなく、人材や企業文化、外部ステークホルダーとの関係等、多面的な視点から開始するキッカケとして、統合報告を活用されている企業もあります。従来型のビジョンや事業計画の立案ですと、どうしても財務的な視点や既存事業の延長線上での視点が強くなってしまうことに問題意識を持たれて、統合報告的なアプローチを採用されることが多いようです。このような戦略は、経営企画などの戦略主管部署だけでは立案できません。経営のリーダーシップのもと、事業部門や財務はもちろんのこと、人事、CSR、総務、研究開発といった各部署を主体的に巻き込む体制を構築し、取締役会を含む重層的な議論を経ることが必要となります。

  • 経営的視点からの戦略レビュー

統合思考は、戦略立案だけでなく、その成果、実績をレビューするフェーズにおいても導入される必要があります。そのため、戦略上の重要要素にはKPIの設定が欠かせません。毎期、財務・非財務のKPIについて進捗や成果をレビューし、期待された進捗が得られているか、どのような課題が存在するかといった点について、経営会議、さらには取締役会に報告し、モニタリングを受けることとなります。もし、戦略策定時のシナリオと異なる状況となっている場合、一部方針の転換や戦略の修正が必要となる場合、その影響も考慮する必要があります。こうしたレビュー・プロセスを経ることによって、統合報告書に開示される情報は、KPIの結果や当期のアクションに関する情報だけでなく、経営的視点から深い分析や評価、課題認識及び必要な改善対応を伴うものとなります。また、必然的に、経営者メッセージや議長メッセージと報告書の他のパートとの整合性も向上します。

  • 投資家対話からの学びをフィードバック

上記の2点は、統合報告書を作成する前のプロセスですが、報告書を発行・開示した後のプロセスも重要です。コーポレートガバナンスコードやスチュワードシップコードにおいては、企業と投資家との対話が求められており、その実務は急速に広がりつつあります。上記のように経営を巻き込んで作成された統合報告書は、こうした対話の基礎とすることができます。企業の長期ビジョン、戦略、進捗レビュー、経営課題やリスク等の認識、理解及び評価について、経営者と投資家との間で議論を重ねることとなります。こうした議論の中であげられた投資家からの視点は、その後の経営判断に生かすことができるかもしれません。もちろん、有益な見解も、そうでないものもあると思います。しかし「建設的な対話」の目的は、投資家との対話を通じた相互理解の醸成と価値創造に向けてより効果的な資源配分を実現することにあるはずです。対話の結果を取締役会、経営会議、担当部署にフィードバックすることによって、投資家の視点を社内で共有し、持続的な価値創造サイクルのドライバーとすることが期待されます。

以上、統合報告と統合思考との好循環を実現するためのポイントをあげました。最後に、統合思考を重視した形で統合報告プロセスを構築することの成果に言及したいと思います。それは「社内のメンバーが取締役会からスタッフに至るまで、企業が向かう長期的な方向性についての共通認識を持つことができる点」と考えています。

実際、IIRCが設立された後に実施されたパイロットプログラムの終了時、参加した各企業から最も多く聞かれたのは「統合報告を実践することで、いかに自社内で統合思考が実現できていないかが理解できた」という言葉です。統合報告を実践することによって得られる統合思考の重要性についての気づき、これこそが、持続的な価値創造サイクルを回し始める第一歩となるのではないでしょうか。

執筆者プロフィール

iirc_mr.mori.jpg森 洋一 (もり よういち) 氏
公認会計士
国際統合報告評議会(IIRC)統合報告フレームワークパネル
(<IR>Framework Panel)メンバー

一橋大学経済学部卒業後、監査法人にて会計監査、内部統制、サステナビリティ関連の調査研究・アドバイザリー業務を経験。2007年に独立後、政策支援、個別プロジェクト開発への参加、企業情報開示に関する助言業務に従事。日本公認会計士協会非常勤研究員として、非財務情報開示を中心とした調査研究を行うとともに、国際枠組み議論に参加。

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