コラム
マグロ枯渇の現状と、見逃せない「地域漁業管理機関」の動向とは?WWFジャパンが語る!企業に求められる水産サステナビリティ
水産資源に関わる企業の方に向けて「水産資源の現状と企業に求められる行動」をテーマにお届けする本コラム。前回はサケ類養殖の現状について取り上げましたが、今回はマグロを取り巻く現状についてお伝えします。
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はじめに:問題視される "過剰乱獲"
漁業を通じて損なわれる海底の環境や、一緒に混獲されてしまう希少な生き物の保護だけではなく、漁業の対象である水産資源そのものが、海の環境問題として大きく取り上げられるようになりました。これらのきっかけの一つが、カナダ東海岸における大西洋タラの過剰漁獲問題です(※1) 。この海域では、タラ資源が枯渇した結果、漁業モラトリアム(漁業の停止)が導入され、すでに約20年が経過しています。しかし、世界的に魚の過剰漁獲を巡る問題は近年一層深刻になり、水産資源の状態は悪化の一途を辿っていると指摘されています。そのため持続可能な水産資源の利用を実現するような資源管理の話題は、生産者や行政機関だけではなく、マーケットや消費者といった多様な関係者からも注目を浴びるようになっています。
今回は、日本人との関わりが深い「マグロ(※2)」を例として、国際的な水産資源管理のあり方について「マグロ類地域漁業管理機関(※3)」の役割とその動向をご紹介いたします。
世界中で発生!?「マグロの枯渇」
ここ10年ほど「マグロが枯渇」というニュースや話題を目にすることが多くなっています。実際にマグロ類の資源はどのような状態にあるのでしょうか。表1は各海域の主なマグロ類の資源状況を示したものです。ここで取り上げた種類は、刺身や寿司としての生鮮需要が高く、日本で多く消費されているものです。
表1 主なマグロ類の資源状況 (クリックすると拡大します。)
出典「平成27年度国際漁業資源の現況」(水産庁、国立研究開発法人水産総合研究センター)
これらのマグロ類の資源管理を行うのが、マグロ類地域漁業管理機関であり、現在海域ごとに5つ(※4)が存在しています。
図1 マグロ類の地域漁業管理機関 (WWFジャパン作成)
表1から、多くのマグロ類が獲りすぎや枯渇の危機にあり、これらマグロ類の資源管理がなかなか良い結果を出せずにいることがわかります。要因はいくつかありますが、①マグロ類を漁業の対象としている国や漁業者がとても多いこと、②水産物の中でも高値で取引される魚種であることが、これまでの失敗の大きな要因と言えます。こうしたマグロ類の資源管理の問題が、日本で大きく取り上げられはじめたのは、大西洋クロマグロの付属書への掲載が、ワシントン条約(※5)で検討された2010年頃でした。
どん底からの回復! 大西洋クロマグロと「地域漁業管理機関」
クロマグロは別名「本マグロ」とも呼ばれる、日本で大変人気のあるマグロです。「海のダイヤ」と呼ばれるほど、高価なマグロとして有名です。東大西洋海域では、1990年代後半から地中海を中心に、日本への輸出を目的としたクロマグロ蓄養業(※6)が急速に発展しました。その結果、大西洋、特に地中海におけるクロマグロは急激に漁獲が増加し、枯渇が心配される状態となりました。
しかし、この資源を管理する地域漁業管理機関(※7)では、持続可能な漁業を実現するために必要な管理方法を長いこと合意できずに、結果、毎年過剰な漁獲を許していました。さらに、ルールを守らない違法な漁業や嘘の漁獲報告が日常的に行われ、あっという間に資源は危機的な状態となったのです。
例えば、2008年には、管理機関で合意された総漁獲可能量(※8)である3万2千トンを優に超える約6万トンが、実際に漁獲されたと推計されています。当時は大半のクロマグロが日本へ輸出されていたことから、違法な製品の日本での消費も問題視され、輸入業者は、疑わしい製品の輸入をストップするなどの対応に追われました。
図2 地中海漁場におけるクロマグロ生産量の推移(データ:ICCATデータベースより作成)
ワシントン条約の議論が起きたことで、ようやく2010年に長期的な資源の回復計画と同時に大幅な漁獲量の削減が合意され、それまでの状況に光が差しました。表1からわかるように、現在、東大西洋のクロマグロは、資源状況が「高位」でさらに増加傾向にあるとされています。今後二度と資源が悪化しないよう、このレベルで維持させていくことが、地域漁業管理機関の新たなチャレンジとなります。
マグロ類の持続可能な利用を図るうえで、地域漁業管理機関の役割がいかに重要であるか、私たちは大西洋クロマグロ資源管理の歴史と経験から、多くを学ばなくてはならないのです。
日本近海でも枯渇が!太平洋クロマグロの危機
さて、上記では日本から遠く離れた地中海の例を紹介しましたが、果たして私たち日本の海では持続可能な方法でマグロを管理できているのでしょうか。答えは「NO(ノー)」です。
大西洋のクロマグロの枯渇が大きな問題として世界中で注目を集める中、日本国内の漁師からも「海でクロマグロが全く獲れなくなってきている」という声が上がり始めました。当時、日本近海を含む中西部太平洋を管轄する地域漁業管理機関(※9)では、驚くことに太平洋のクロマグロを保全するような管理が事実上存在していなかったのです。その後、2011年には、中西部太平洋でもようやくクロマグロの資源管理が開始されましたが、クロマグロの状態は関係者が思っていた以上に深刻なレベルにまで落ち込んでいました。太平洋のクロマグロの資源評価を担当している科学委員会(※10)は、2016年の最新の報告書で「今の資源状態は、歴史的な低さになっている。子孫を残すことが可能な魚の量は、漁業をしない時と比べて、推定で3%程度しかいない」と発表しました。
太平洋でのクロマグロの資源管理を難しくしている要因の一つに、このマグロが2つの地域漁業管理機関の海域をまたいで生活していることがあげられます。そのため、図1の紫で示されている「WCPFC」と緑で示されている「IATTC」両方で、一貫性のある管理の方法が合意されなくてはならず、とても時間のかかる作業となってしまっています。特に最も多く太平洋クロマグロを漁獲し、消費している日本の足踏みが続き、長期的な資源の回復計画が合意されないまま、数年が費やされてしまっています。今、最も求められていることは、必ず資源を回復させるという将来のヴィジョンをしっかり持って、地域管理漁業機関が太平洋クロマグロを守る具体策を打ち出すことです。
国際的なマグロ類の確かな資源管理の成功に向かって
これまで見てきたように、マグロ類の持続可能な資源管理は、同一海域内はもとより、時には海域をも越えた広範な取り組みが必要となる仕事です。関係国間での十分な調整や協力体制と、さらにマグロ資源を利用する全ての関係者が問題認識を正しく理解することがとても重要となります。そのため、マグロ類の資源評価を担当する科学委員会等が発表する「科学」を尊重し、与えられた「科学」に基づいて議論することが、国境や価値観を超えた取り組みのためには必要です。また、持続可能な漁業として発展を目指すためには、漁業の対象としているマグロだけなく、マグロが生まれ育つ海の環境や生態系にもしっかり配慮することも重要です。
国際交渉の際に「勝った」「負けた」という表現が使われることがありますが、残念ながら、マグロ類の資源管理については、これは当てはまりません。マグロが枯渇してしまえば皆が「負け」、資源が持続可能に利用されれば、全ての関係者にとって「勝ち」なのです。これらマグロ類を取り扱う企業にとっては、地域漁業管理機関がしっかり機能するかどうかで、将来的なビジネスプランが大きく影響されます。そのため、近年は、持続可能な資源利用を実現するために、マーケット企業による積極的な地域漁業管理機関への働きかけも見られるようになってきました。日本はマグロの一大消費地であることからも、資源管理は行政の仕事、で済まされる時代ではなくなったと言えます。
(※1)http://wwf.panda.org/what_we_do/endangered_species/cod/index.cfm
(※2)日本で主に消費されるマグロには、クロマグロ(本マグロ)、ミナミマグロ(インドマグロ)、メバチ、キハダ、ビンナガとたくさんの種類があります。
(※3)マグロ類は広い大洋を回遊する高度回遊性魚類です。このため、マグロ漁業の関係国は、マグロ類の種類及び回遊海域ごとに地域漁業管理機関を設立し、資源の状況等に応じた資源管理措置を実施しています。(水産庁ホームページより抜粋)
(※4)大西洋を管轄するICCAT、インド洋を管轄するIOTC、中西部太平洋を管轄するWCPFC、東部太平洋を管轄するIATTC、そして、全海域においてミナミマグロを管理するCCSBT。
(※5)ワシントン条約は、野生動植物が国際取引によって過度に利用されるのを防ぐため、 国際協力によって種を保護するための条約です。http://www.trafficj.org/aboutcites/
(※6)蓄養とは、漁獲した天然の魚などを一定期間、生け簀等で飼育した後出荷する方法。地中海のクロマグロでは、漁獲したあと生け簀に移し、数か月餌を与えながら飼うことで、より脂ののった魚に仕立てて出荷します。
(※7)大西洋マグロ類保存国際委員会(International Commission for Conservation of Atlantic Tunas、ICCAT)
(※8)あらかじめ定めた漁獲量の上限のこと。
(※9)中西部太平洋マグロ類委員会(Western Central Pacific Fisheries Commission, WCPFC)
(※10)北太平洋マグロ類国際科学委員会(International Scientific Committee for Tuna and Tuna-like Species in the North Pacific Ocean, ISC)
執筆者プロフィール
山内 愛子(やまうち あいこ)氏
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)
自然保護室海洋水産グループ長
海洋科学博士。日本の沿岸漁業における資源管理型漁業や共同経営事例などを研究した後、2008年WWFジャパン自然保護室に入局。持続可能な漁業・水産物の推進をテーマに国内外の行政機関や研究者、企業関係者といった多様なステークホルダーと協働のもと活動を展開。チリ、インドネシア、中国での現地オフィスとの海洋保全連携プロジェクトも担当。
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