コラム
長期志向の投資家に向けた情報開示企業の持続性を高める!統合報告活用のすすめ
本コラムは、近年、企業報告の実務として広がりを見せている統合報告について連載します。今回は「長期志向の投資家に向けた情報開示」。どのような報告が長期投資家の情報ニーズに応えることができるのか、私の考えをご説明します。
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長期志向の投資家とは?
統合報告書に取り組まれる企業の方から「長期投資家の方々はどんな情報を必要とされているのでしょうか」「どうすれば長期投資家を惹きつけることができるでしょうか」といった質問を時々頂きます。日本IR協議会のアンケート調査 (2016年)でも、IR優良企業賞応募企業258社のうち83.7%が中長期的な視点で投資する株主層拡大のための動きを活発化させていることが、その傾向を裏付けています。株式持ち合いの解消に代表される安定株主の縮小によって、企業が資本市場の荒波に晒され、長期的な関係を築ける投資家層へアクセスを試みている現実が伺えます。
本稿での長期投資家とは、長期的な視点に立って企業価値を評価し、投資行動をとる投資家を指しています。長期保有の株主とは異なる点に注意が必要です。前者は、投資判断の前提となる企業価値評価の時間軸が長い投資家を指し、保有期間の長さは問いません。長期志向の投資家は、中長期的に価値創造を継続できる企業銘柄であれば、結果として長期保有となりますが、中長期的な企業価値を毀損する状況が判明した場合には売却します。そのような投資家の代表例としては、年金や保険といった資金を受託して運用する機関投資家が挙げられます。
長期志向の投資家による企業価値評価
機関投資家は、受託資産の価値を最大化する責任(受託者責任)を負っていますので、投資先のリスクに見合う経済的なリターンを求めることとなります。投資先企業からの財務リターン(配当等のキャピタル・ゲインと売却益等のインカム・ゲインの合計)は将来業績によって決定づけられます。投資家は、自らの投資哲学に従い、利用可能な情報に基づき財務的な企業価値を評価し、投資するかどうか(ポートフォリオに含めるかどうか)の判断を下します。
長期志向の投資家が投資判断を下す際の特徴は、以下のとおりと考えます。
- 短期的な株価動向、トピックや業績動向に左右されにくい。
財務業績やリスク等、企業の財務的価値を決定づける基礎要因を重視する機関投資家は、株価が長期的な財務リターンに収斂するという投資哲学に基づいているため、短期的な株価変動やトピック、業績変化に大きな影響を受けません。一方、特定のニュースや業績変動が企業の長期的な価値創造能力に大きな変化を及ぼす予兆と考えられる場合や、不確実性をもたらす要因となることがうかがえる場合には、その影響を分析・評価したうえで、投資判断に反映します。 - 企業価値評価の時間軸が長い。
長期志向の機関投資家は、企業価値を長い時間軸で評価します。将来キャッシュフロー予測に基づく場合、対象業種にもよりますが、その予測期間は5年から10年に及びます。資本生産性を重視する場合であっても、年次のROE(株主資本利益率)だけでなく、将来の数期間にわたる資本効率の見通しを評価します。 - 非財務的な要因(ビジョン、ビジネスモデル、戦略、ESG等)を広く考慮する。
企業の将来キャッシュフローやリスク、資本効率を評価するにあたっては、企業の将来ビジョンやそこに向かう戦略が重要な意味を持ちます。企業のビジネスモデル(どのような価値を、どのように提供するか)は、財務的な生産性や成長性を左右し、また、そのような事業の成否は、資源配分決定を含む戦略の合理性と実現可能性によって決定づけられます。ESG(環境、社会、ガバナンス)への対応は、企業経営の質を高めることを通じて、リスクと機会に適切に対処することに貢献します。長期志向の投資家は、財務的な企業価値を評価するにあたって、これらの非財務的な要因を広く考慮します。
長期志向の投資家に響く開示とは?
以上のような長期投資家の特徴をふまえると「長期的な企業価値を左右する非財務要因を、いかに効果的に報告するか」が、長期投資家にとっての情報の有用性を高める鍵となることが理解できると思います。
やみくもに、あるいは定型的なフォームにしたがって非財務情報を開示するのではなく、企業の長期的な生産性をどのように高めていくか、経営の質を高めリスクを抑えていくか、という点についての評価へと反映できるように、企業固有のビジョン、ビジネスモデル、戦略を包括的、具体的かつ論理的に伝えていくことが重要です。戦略は、アクションの積み上げとしてではなく、組織の限られた資源をどのように戦略的に振り分けていくか(資源配分戦略)、必要な経営資本(財務資本だけでなく、人的資本、知的資本、自然資本等を含む)をどのように効果的・効率的に調達・活用するか(資本政策)を中心に置いたものである必要があります。
そのような企業報告を実現するための前提として、企業報告に従事する方々が、企業価値評価や企業財務についての基礎的な知識を保持していることが欠かせません。経営者や企業担当者は、事業そのものの社会的価値やステークホルダーとの関係を、投資家の価値に結びつけて説明することが重要です。投資家との対話を重ねるにしても、企業価値についての共通認識が得られていなければ、対話は深まりません。一方、長期投資家のニーズに合致した報告を実現することができれば、投資家との対話を通じて共通理解を深め、信頼関係を築くための礎とすることができるはずです。
執筆者プロフィール
森 洋一 (もり よういち) 氏
公認会計士
国際統合報告評議会(IIRC)統合報告フレームワークパネル
(<IR>Framework Panel)メンバー
一橋大学経済学部卒業後、監査法人にて会計監査、内部統制、サステナビリティ関連の調査研究・アドバイザリー業務を経験。2007年に独立後、政策支援、個別プロジェクト開発への参加、企業情報開示に関する助言業務に従事。日本公認会計士協会非常勤研究員として、非財務情報開示を中心とした調査研究を行うとともに、国際枠組み議論に参加。
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