コラム
株式会社富士メガネ|代表取締役会長・社長兼任 金井 昭雄 氏 シリーズ「経営者が語る創業イノベーション」インタビュー(第一回)経営者が語る創業イノベーション
創業者は、社会の課題解決のため、また、人々のより豊かな幸せを願って起業しました。
その後、今日までその企業が存続・発展しているとすれば、それは、不易流行を考え抜きながら、今日よく言われるイノベーションの実践の積み重ねがあったからこそ、と考えます。
昨今、社会構造は複雑化し、人々の価値観が変化するなか、20世紀型資本主義の在りようでは、今後、社会が持続的に発展することは困難であると多くの人が思い始めています。
企業が、今後の人々の幸せや豊かさのために何ができるか、を考える時、いまいちど創業の精神に立ち返ることで、進むべき指針が見えてくるのでは、と考えました。
社会課題にチャレンジしておられる企業経営者の方々に、創業の精神に立ち返りつつ、経営者としての生きざまと思想に触れながらお話を伺い、これからの社会における企業の使命と可能性について考える場にしていただければ幸いです。
(公益社団法人日本フィランソロピー協会理事長 高橋陽子)
株式会社富士メガネ「経営者が語る創業イノベーション」インタビュー
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はじまりは南樺太、4坪半の「富士眼鏡商会 」
高橋:近年、世界では難民問題が深刻化していて、その数は、過去最悪に達すると国連難民高等弁務官事務所(UNHCR : United Nations High Commissioner for Refugees 以下、UNHCR )は警告しています。専門知識に基づく総合的視力ケアを提供する富士メガネさんでは、1984年からこのUNHCRと協働し、海外難民への視力支援活動を実施していらっしゃいます。2006年には、同社の会長・社長兼任 金井 昭雄さんが、日本人初の「ナンセン難民賞(※1)」を受賞されました。
ミッションと呼ばれ、30年以上に渡り支援活動をされている富士メガネさんですが、創業者の金井 武雄さんは、金井さんのお父様でいらっしゃいますね。
金井氏:父は、当時日本領だった南樺太の町、豊原(※2)で、1939年に、4坪半の店「富士眼鏡商会」を開きました。1942年には、そこでわたしが生まれたんです。
高橋:もともと、ご出身は、どちらだったんですか?
金井氏:祖父は新潟出身で、北海道の開拓で、日本で一番寒い陸別からさらに10キロの上陸別に入植。木を切り倒し石を掘り起こして畑を作り、それは貧しい生活だったそうです。父は、祖母の意向で、雑貨屋に丁稚奉公に出ました。そこで、簿記を勉強し真剣に働いたんですが、なぜか注文を取り違ってしまう。聴力が弱いことが原因だとわかり、帯広の眼鏡店で働くことになりました。それがメガネとの出会いです。
高橋:そこで、メガネのビジネスを覚えられたんですね。
金井氏:もっぱら地方で売り歩き、宿ではお客さんや女将さん、JRに乗れば隣のお客さんにメガネを売ったとか。臆さないというか、あとがないと必死だったんでしょう。その精神は、ゆとりができても変わらず、なんでもやりました。
29歳で創業したんですが、戦争がたかまり1944年に徴兵、静岡で戦闘機の整備につきました。その間、母が店を守っていましたが、国の統制経済(※3)で店舗は接収。商品は買い上げられて、それが6万5千円になりました。
高橋:今だと、どれくらいでしょうか?
金井氏:4、5千万円くらいですか。父は、終戦後陸別へ戻ると店舗探しを始めたんですが、新聞で、海外資産の預金口座凍結の記事を見つけて、すぐに振替えの手続きをしました。その直後に口座は凍結。すんでのところで手にしたその資金を全部はたいて、札幌の狸小路4丁目に店舗を買いました。
高橋:狸小路といえば、東京の銀座のような場所。そこで、戦後半年でお店を再開するとは、すごい判断力と行動力ですね。
金井氏:父は神経質ですが、ことビジネスに関して、誰よりもすばやい判断力や行動力がありました。
※1 1954年に、難民の窮状に焦点を当てるため、多大な貢献をした個人または団体を称える目的で創設、難民支援のノーベル賞とも言われる。
※2 日本領有下における南樺太の政治・経済・文化の中心
※3 戦争時に、国家がとる産業・経済への直接的統制
技術と親切で、日本一のメガネ屋さんに
高橋:まさに第二の創業ですが、もののない時代で、どうされたんですか?
金井氏:多かったのは壊れたメガネの修理。父は無料に近い形で修理しました。それで、親切なメガネ屋さんという噂が広まり、営業力をつけていきました。
高橋:サービスという言葉のない時代ですが、お客様への親切を一番に考えたんですね。
金井氏:家では、すべてのお金と時間を事業につぎ込んで、お正月なのに餅もみかんもなかった。金井さんは、いつ寝ているのかといわれました。
高橋:一筋に仕事に励み、仕事が人生そのものだったんですね。
金井氏:樺太時代ですが、アメリカ人の、わたしと同じオプトメトリスト(※4)が、視力を測る検査機の会社から派遣されて、新潟で研修会をやりました。父は豊原から出かけていって、視力検査の技法や知識を自主的に学びました。そのときに得た検査法が「レチノスコープ」で、光を目のなかで動かすと、網膜に当たる影の動きで、近視や遠視、乱視がわかります。原理を学んだ父は、そのスキルたるや、黙って座ればピタリと当たるほど。技術レベルが高かったので、樺太で評判になったそうです。
高橋:研究熱心で、常にスキルを磨かれた。だからこそ、狸小路に打って出る自信もおありだった。
金井氏:日本人はほとんど近視ですが、父は、遠視の検出や、斜視や両方の眼の度数が違う場合など、幅広い視力ケアができるセルフメイドの技術を持っていました。アメリカ人のオプトメトリストから学んだ人なら、やろうと思えばできたのに、ほとんど誰もしなかった。父は興味を持ったんです。学理的で科学的なんですね。初歩的だったけれど、理念と実践する知識・体系を持っていたので、コンピュータのない時代に威力を発揮しました。それが富士メガネの基礎なんです。
高橋:まさにプロフェッショナル!
金井氏:同時に、メガネをどうやって売り込もうかと、レンズやフレームの独自のデザインを考え、自社製品も開発しました。宣伝広告ではキャッチフレーズを発案し、店作りや照明も考えて、コンクールで賞を取ったこともあります。とにかく熱心な人でしたね。
高橋:熱心といえば、お父様は、松下 幸之助さんに、メガネが合ってないと進言なさったとか。
金井氏:新幹線開通式のテレビで、テープカットする松下さんのメガネがずり落ちていたので「直されたらどうですか」と手紙を書いたんです。そのあとご縁があって来店されたとき、松下さんは、メガネ店はフレームにレンズを入れるハードウェアの店くらいに考えていたんでしょう。ところが繁盛する店で、父や沢山の社員がきびきびと働いて度数を検出し、いいメガネを作っていた。松下さんは、すぐに理解されたんだと思います。
高橋:プロの誇りと矜持を見抜き、それで「世界一のメガネ屋さんだ」と思われたんですね。
※4「オプトメトリー」とは眼科学と光学の総合的な学問で、この分野の学位を得た者を「オプトメトリスト(検眼医)」という。欧米では医師に匹敵する国家資格。
つづく
話し手プロフィール
金井 昭雄(かない あきお)氏
株式会社富士メガネ
代表取締役会長・社長兼任
1942年樺太豊原市生まれ。1966年早稲田大学商学部卒業。1972年サザン・カリフォルニア・カレッジ・オブ・オプトメトリー卒業。カリフォルニア州オプトメトリー営業ライセンス取得。
1973年日本に帰国、富士メガネ入社。1996年富士メガネ社長就任。2006年富士メガネ会長に就任、国連難民高等弁務官事務所 「ナンセン難民賞」で日本人初の受賞。2007年富士メガネ会長・社長を兼任。
2009年緑綬褒章を受章。2012年渋沢栄一賞を受賞。
日本眼鏡技術者協会会長代行、WCO(世界オプトメトリー会議)理事、WOF(世界オプトメトリー財団)理事、APCO(アジア太平洋オプトメトリー会議)会長などを務めた。
現在、富士メガネ「海外難民・国内避難民視力支援ミッション」代表、グローバルコンパクト・ジャパン・ネットワーク理事、国連UNHCR協会理事、マーシャル B.ケッチャム大学(米国カリフォルニア州)理事
※「2017年1月、2017年ナンセン難民賞候補者ノミネートのプロモーションとして、視力支援活動を紹介した映像が、UNHCR本部のFacebook上で公開される。」
https://www.facebook.com/UNHCR/videos/10155926635978438/
聞き手プロフィール
高橋 陽子 (たかはし ようこ)氏
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長
岡山県生まれ。1973年津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。高等学校英語講師を経て、上智大学カウンセリング研究所専門カウンセラー養成課程修了、専門カウンセラーの認定を受ける。その後、心理カウンセラーとして生徒・教師・父母のカウンセリングに従事する。1991年より社団法人日本フィランソロピー協会に入職。事務局長・常務理事を経て、2001年6月より理事長。主に、企業の社会貢献を中心としたCSRの推進に従事。NPOや行政との協働事業の提案や、各セクター間の橋渡しをおこない「民間の果たす公益」の促進に寄与することを目指している。
主な編・著書
- 『フィランソロピー入門』(海南書房)(1997年)
- 『60歳からのいきいきボランティア入門』(日本加除出版)(1999年)
- 『社会貢献へようこそ』(求龍堂)(2005年)
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