カレーハウスCoCo壱番屋|創業者 宗次德二氏 シリーズ「経営者が語る創業イノベーション」インタビュー(第四回) | 企業のサステナビリティ経営・自治体の町づくりに役立つ情報が満載

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コラム

カレーハウスCoCo壱番屋|創業者 宗次德二氏 シリーズ「経営者が語る創業イノベーション」インタビュー(第四回)経営者が語る創業イノベーション

cocoichi_header.jpg創業者は、社会の課題解決のため、また、人々のより豊かな幸せを願って起業しました。その後、今日までその企業が存続・発展しているとすれば、それは、不易流行を考え抜きながら、今日よく言われるイノベーションの実践の積み重ねがあったからこそ、と考えます。

昨今、社会構造は複雑化し、人々の価値観が変化するなか、20世紀型資本主義の在りようでは、今後、社会が持続的に発展することは困難であると多くの人が思い始めています。企業が、今後の人々の幸せや豊かさのために何ができるか、を考える時、いまいちど創業の精神に立ち返ることで、進むべき指針が見えてくるのでは、と考えました。

社会課題にチャレンジしておられる企業経営者の方々に、創業の精神に立ち返りつつ、経営者としての生きざまと思想に触れながらお話を伺い、これからの社会における企業の使命と可能性について考える場にしていただければ幸いです。

(公益社団法人日本フィランソロピー協会理事長 高橋陽子)

カレーハウスCoCo壱番屋「経営者が語る創業イノベーション」インタビュー
第1回 第2回 第3回 第4回

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機上で聴いたクラシックに少年のこころが蘇る

cocoichi_4-001.JPG高橋:高校1年生のときに、テープレコーダーに録音したメンデルスゾーンに、こころが震えたというお話がありました。いま、宗次ホールで、クラッシック音楽の普及に貢献していらっしゃいますが、経営に没頭したときも、疲れたときなど、音楽でリフレッシュしていらしたんですか?

画像説明:「CoCo壱番屋」引退後の、NPO「イエロー・エンジェル」と宗次ホールの活動について聞いた。

宗次氏:喫茶店と食堂業を通して25歳~53歳までは、ほとんど聴きませんでしたね。それが、引退する2、3カ月くらい前でしたが、飛行機のなかでパバロッティの歌うオペラ「連隊の娘」の有名なアリアを聴いて、またクラシックを聴こうと思ったんです。さっそく、本屋さんに行って見つけたのが「クラシック音楽CD総カタログ2002年版」。1万8,300タイトルのカタログでした。すぐに山野楽器銀座に電話して分けて送るよう頼むと、一回あたり段ボールで4、5箱ずつ送ってきましたよ。それを聴いてたら、全部いいんです。さすがに今日まで継承されてる芸術作品だけあって、駄作がない。全曲聞きたくなりました。

高橋:突然の大量注文に、山野楽器さんも驚かれたでしょうね。

秘書の中村氏:山野楽器さんから電話がかかってきて、宗次さんってどういう方ですか。壱番屋さんて、何屋ですかと聞かれました。怪しまれたのかもしれません。(笑)

高橋:それだけお好きだったのに、経営しているときは聴かなかったなんて。

宗次氏:無理に我慢していたんじゃなくて、経営が一番面白かったし、他のことどころじゃない状況で、没頭していました。だから、いい加減な部分もありましたけど、これというときには、誰にも真似ができないくらいストイックでした。

高橋:クラシックを聴いて一気に音楽への愛着が甦り、引退なさった一年後の2003年に、特定非営利活動法人「イエロー・エンジェル」を起ち上げたんですね。

一時預かりのお金でいろいろなエンジェルになろう

cocoichi_4-002.JPG宗次氏:引退するときには、会社が二部上場にまでなっていて、上場するたびに、株を大量に放出するので、言われるままに売ったそのお金が口座に入っていました。それを見て、嫁さんが「これは自分たちのお金じゃない、一時預かりのお金ね」といったんです。

画像説明:「放出した株のお金を見て、これは自分たちのお金じゃない、一時預かりのお金なんだと考えて、社会貢献をはじめました」

高橋:すごい言葉ですね。普通の奥さまでは、そうはおっしゃらないですよね。

宗次氏:ええ、いいこと言うなって思いました。それで、音楽やスポーツ、福祉、起業やホースレスなどの分野で、困った人や一生懸命な人を応援しようと思って「いろいろなエンジェル」になろうと決めました。

高橋:それが「イエロー・エンジェル」なんですね。「いろいろ」が、ココイチカラーのイエローになった。またまたお見事なネーミングです。そこでは、どんな活動を?

宗次氏:引退してから「プラターズ※」が来るというので、夫婦で東京に聴きにいったんですよ。懐かしかったし、聴いている人たちも主にご高齢の方が多かった。そこで、プラターズを呼んで、名古屋の中高年の方々をご招待しようと考えました。二回公演で800万円。それが「イエロー・エンジェル」の初仕事でした。それと前後して、ピアニストの娘さんのいる方と一緒にゴルフをやりながら話すうちに、クラシック音楽を広めようと考えて、岐阜の自宅で、サロンコンサートを開くことにしました。

※プラターズ(The Platters):アメリカ合衆国のコーラス・グループ。ロックンロール黎明期に登場して「オンリー・ユー」(1955年)のヒットで知られる。

高橋:ゴルフ、やっていらしたんですか?

宗次氏:唯一の後悔が「ゴルフをやったこと」です。ゴルフさえやってなかったら、わたしの経営者人生は、ほぼ完ぺきだったんですが...。(笑)
岐阜の自宅の一階に、年中無休で営業したために慰安旅行へも行けない。そんな社員さんたちのためにパーティが開けるようにと、60畳で天井の高い部屋がありました。そこにスタインウェイを置いて、サロンコンサートをはじめました。三年で25回くらいやったんですが、五嶋 龍さん、葉加瀬 太郎さん、熊本 マリさんなど一流の人にもでていただきました。
それを、便利の良い名古屋でやろうと、場所を探し始めたところ、栄の交差点から5分くらいのところに、75坪の土地が手に入ったんです。そこでサロンコンサートの部屋でも作ろうと思ったんですが、隣接した土地も譲ってもらえたので一画全部で250坪の場所になりました。その広さがあればコンサートホールができるかなと、そのときになって、降ってわいたような計画です。もっと買えていたら、わたしのことなので、先のことも考えず500席のホールを作っていたでしょう。

「こころを込める」ことを第一に自己流を貫く

高橋:それが、いまお邪魔している宗次ホールですね。今日は、ランチコンサートも聴かせていただきました。2階から5階まで吹き抜けで、音響も素晴らしいし、310席のちょうどいいサイズですね。音楽ホールの運営も、ご自身で全部?

cocoichi_4-003.JPG宗次氏:喫茶店、ココイチ時代からこのホールに至るまで、建築家さんとか音響だとか、技術的なことはありますけど、コンサルタントの先生に一切お願いしていません。商売のやり方も含め、全部自己流、素人発想です。失敗してもいいから、次に活かせばいいという考え方なんです。モーニングサービスなしで喫茶店をはじめたり、喫茶店で出したカレーが評判いいからといってカレー専門店を出したり、素人がやって大丈夫かと思いますよね。しかも三流立地ですよ。

画像説明:宗次ホールに並んだチャリティ・ボトル。助けあう社会を目指して「困っている人に気付いて欲しい。その次は僅かでもいいから寄付して欲しいですね」

高橋:知らなかったからできたことがあり、業界の当たり前にこだわらなかったことが、よい結果を生んだのでしょうね。

宗次氏:誰にも相談しないで、嫁さんが全部賛成してくれてふたりでやったから、今日に至ったんです。

高橋:どれくらいコンサートをやっていらっしゃるんですか?

宗次氏:去年は403回実施しました。「無茶だ」と、最初はいわれましたけど、日曜日は1回公演、後の6日間は昼夜できるから、少なくとも300回、400回はできる。演奏家さんに機会を提供することと、音楽ファンを増やしたくてつくったので、休館にしたくない。だから回数は追求しました。ほとんど赤字です。でも、2008年の2万7千人の年間来場者から、去年は8万人近くになり順調に伸びていますから、これでいいんです。

高橋:「イエロー・エンジェル」では、コンサートのほかに、ストラディバリウスなどの楽器を無償で貸与したり、学校のブラスバンドに楽器を贈っていらっしゃいますね。

宗次氏:バイオリン、ヴィオラ、チェロも含めて貸与者が増えていて、まだ多くの希望者がファイルされています。ブラスバンドは、去年だと170団体、今年は200団体を超える予想ですが、これからもっと一生懸命やりたいですね。いまだに20年、30年前の楽器を使っていたり、楽器が足りなかったりするので、学生さんたちが、本当に喜んでくれます。

高橋:それが呼び水になって、ほかの方から寄付があったりしますか?

宗次氏:ほんとに少ないですね。だから、寄付金が振り込まれるとびっくりすることもあります。今年、IT会社の若い経営者さんが、100万円送ってくれました。自分は好きでやっているからいいけれど、すごい人がいるなあと、お礼したい気持ちになって、ココイチのカレー30個入りを10ケース送りました。(笑)

高橋:そういう若手の経営者が感化を受けて、寄付が広がっていくといいですね。「CoCo壱番屋」の経営と現在のNPO活動と、共通することってありますか?

宗次氏:「こころを込める」ことですね。うわべだけ取り繕った偽装・メッキは、すぐはげてしまいます。

高橋:それは必ず、社員にもお客さまにも伝わりますね。

宗次氏:誰よりも、それを厳しく貫き通すことです。でも「そんな人生は嫌だ」という経営者が圧倒的に多いんですよ。少し成功したら自分がラクして楽しみたい。寄付なんか考えたこともないという人が多いんです。

苦労と出会いとカレーと

cocoichi_4-004.JPG高橋:いま、経営者におっしゃりたいことはありますか?

宗次氏:人のために、なにをしてきましたかというと、ほとんどの人がしてないんです。経営者には、助け合い、寄付に目覚めてほしいですね。
わたしの実践録なんですが「達人シリーズ」という日めくりカレンダーがあって、早起き、掃除、人生、経営と4つあります。

画像説明:「達人シリーズ」は、日めくりカレンダーになっていて、宗次氏が長年に渡り実施した実践録が収められている。

高橋:4つが、おなじレベルにあるのも素敵ですね。

宗次氏:いま、次の「寄付の達人」を構案中ですが、そのなかには「助けを求めている人に気付く人でありたい」「ゲイツになろう」「ノーベルの法則」「ゆとり1パーセントチャリティ」などがあります。

高橋:「ゲイツになろう」とは、どういう意味ですが?

宗次氏:ゲイツさんは何兆円も寄付していますが、地元のゲイツさんを目指しましょう、というものです。ビル・ゲイツじゃなくて、平屋・ゲイツになりましょう。(笑)

高橋:当たり前のことを、シンプルにおっしゃるから、こころにストンと入りますね。やはり、ご自身が小さいときに苦労したことは、影響していますか?

宗次氏:もちろんあるでしょうね。平々凡々と幼少期を送っていたら、寄付なんてしないでしょう。事業だって、成功してなかったかもしれません。貧しく苦労したことは、一番の自慢だといえます。

高橋:それと、出会った人がよかったですね。

宗次氏:カレーと巡りあえたこともよかった。ラッキーが続きましたね。いまあるのは、出会いやラッキーな事が合わさった結果だと思っています。自分で全部やってきたことではないんです。

高橋:貧しい少年時代、奥さまとの出会いがあって「超お客さま第一主義」の経営者、そして音楽ホールの経営者。まさに「華麗(カレー)なる転身」ですね。"人の笑顔をつくる人生"に参りました!

宗次氏:「華麗(カレー)なる転身」これ使わせていただきます。

高橋:今日は、ありがとうございました。これからおいしいカレーをいただきに行きます。

話し手プロフィール

mr.munetsugu_pro.jpg宗次 德ニ(むねつぐ とくじ)氏
カレーハウスCoCo壱番屋
創業者

1948年(昭和23年)10月14日 生(出身地 石川県)
1967年(昭和42年)3月 愛知県立小牧高等学校 卒業
1967年(昭和42年)4月 八(や)洲(しま)開発 株式会社 入社
1970年(昭和45年)2月 大和ハウス工業 株式会社 入社
1973年(昭和48年)10月 不動産業 岩倉沿線土地 開業
1974年(昭和49年)10月 喫茶店 バッカス 開業
1978年(昭和53年)1月 カレーハウスCoCo壱番屋創業
1982年(昭和57年)7月 株式会社壱番屋設立 代表取締役社長 就任
1998年(平成10年)6月 株式会社壱番屋 代表取締役会長 就任
2002年(平成14年)6月 株式会社壱番屋 創業者特別顧問 就任
※肩書  カレーハウスCoCo壱番屋 創業者

その他経歴
2003年(平成15年)1月 NPO法人 イエロー・エンジェル設立 理事長就任
2007年(平成19年)3月 クラシック専用「宗次ホール」オープン 代表就任
2012年(平成24年)4月 株式会社 ライトアップ(※講演依頼窓口)設立 代表就任
2013年(平成25年)7月 NPO法人 クラシック・ファン・クラブ設立 理事長就任
      
■ 著書 
「宗次流日めくり 達人シリーズ 日々のことば」2009.11
「日本一の変人経営者」(ダイヤモンド社)  2009.11
「CoCo壱番屋 答えはすべてお客様の声にあり」(日経ビジネス人文庫)
「夢を持つな! 目標を持て!」(商業界) 2010.11

■ 表彰
アントレプレナー大賞部門
中部ニュービジネス協議会会長賞 受賞 1994年11月
2004年 第6回企業家賞 受賞 2004年6月
まちかどのフィランソロピスト賞 受賞 2007年11月
名古屋市芸術奨励賞 受賞 2012年1月
(http://www.munetsugu.jp)

聞き手プロフィール

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高橋 陽子 (たかはし ようこ)
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長

岡山県生まれ。1973年津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。高等学校英語講師を経て、上智大学カウンセリング研究所専門カウンセラー養成課程修了、専門カウンセラーの認定を受ける。その後、心理カウンセラーとして生徒・教師・父母のカウンセリングに従事する。1991年より社団法人日本フィランソロピー協会に入職。事務局長・常務理事を経て、2001年6月より理事長。主に、企業の社会貢献を中心としたCSRの推進に従事。NPOや行政との協働事業の提案や、各セクター間の橋渡しをおこない「民間の果たす公益」の促進に寄与することを目指している。

主な編・著書

  • 『フィランソロピー入門』(海南書房)(1997年)
  • 『60歳からのいきいきボランティア入門』(日本加除出版)(1999年)
  • 『社会貢献へようこそ』(求龍堂)(2005年)

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