コラム
株式会社モンベル|代表取締役会長 辰野勇氏 シリーズ「経営者が語る創業イノベーション」インタビュー(第二回)経営者が語る創業イノベーション
創業者は、社会の課題解決のため、また、人々のより豊かな幸せを願って起業しました。その後、今日までその企業が存続・発展しているとすれば、それは、不易流行を考え抜きながら、今日よく言われるイノベーションの実践の積み重ねがあったからこそ、と考えます。
昨今、社会構造は複雑化し、人々の価値観が変化するなか、20世紀型資本主義の在りようでは、今後、社会が持続的に発展することは困難であると多くの人が思い始めています。企業が、今後の人々の幸せや豊かさのために何ができるか、を考える時、いまいちど創業の精神に立ち返ることで、進むべき指針が見えてくるのでは、と考えました。
社会課題にチャレンジしておられる企業経営者の方々に、創業の精神に立ち返りつつ、経営者としての生きざまと思想に触れながらお話を伺い、これからの社会における企業の使命と可能性について考える場にしていただければ幸いです。
(公益社団法人日本フィランソロピー協会理事長 高橋陽子)
株式会社モンベル「経営者が語る創業イノベーション」インタビュー
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社会からの信任を計るバロメータ「モンベルクラブ」
高橋: 当協会は企業に対して、社会貢献を中心にしたCSRのお手伝いをしていますが、社会貢献はCSRがきちんと機能するための漢方薬だと思っています。
社会貢献を考えるとき会社は、ステークホルダーのためにと考えがちです。わたしたちはステークホルダーは一緒に社会をよくしていくパートナーであり、企業にはステークホルダーが社会貢献に参加するための牽引力になってほしいと考えています。
その意味で、有料会員制度「モンベルクラブ」は会員への特典、ポイントの付与と同時に、社会貢献への参加が組み込まれています。会員とともに基金(モンベルクラブ・ファンド)を作り、さまざまな社会貢献活動をやっていくしくみは素晴らしいと思いました。その会員数が100万人になることを目指していらっしゃると。
※「モンベルクラブ・ファンド」とは
モンベルクラブの会員になると自動的に参加する、社会貢献活動のための基金(ファンド)。会員1名につき50ポイントが基金に貯まり、貯まったポイントは非営利団体や個人のなかから貢献度の高い活動を行う人々にモンベルが手渡している。突発的な自然災害の救援などにも対応している。
辰野氏:そういったのは2005年のモンベル創業30周年記念社員会のときで、30年後に100万人を目指すと告げました。そのときの会員は7万2千人でしたが、いまでは62万人。1,500円の年会費いただいていて、そのうちの50円を基金(ファンド)に貯めているので、モンベルクラブ・ファンドには3,000万円以上の原資があることになります。といっても、これは会社のお金ではなくて、モンベルに共感してくださる会員からお預かりしているお金です。
お客さまがモンベルクラブの会員になるときに、社会貢献のファンドがあるから入ったという人は少ないかもしれないけれど、結果としてこうなった。特に声高にいっている訳ではないんですよ。
高橋:それだからこそ、価値があるのではないでしょうか。モンベルクラブは、会員と価値観を共有するために始まったのですね。
辰野氏:会員の支持は「会社が社会に信任されているかどうかを計るバロメータ」だと考えています。
高橋:社会に受け入れられている限り、商品への思いや社会貢献活動も含めたさまざまな活動で、辰野さんのおっしゃった「幸せ感」を広げていく。会員100万人の達成も遠い話ではなさそうですね。
障がい者も健常者も同じチャレンジの面白さ
辰野氏:社会貢献のはじまりは「パラマウント・チャレンジ・カヌー」という障がい者を対象にしたカヌー教室でした。奈良県の社会福祉法人「青葉仁(あおはに)会」で若者からカヌーを教えてほしいと頼まれ(1991年)、日本ではじめての障がい者カヌー教室を開きました。
そのときは障がい者のために支援するというのではなく、障がいがあっても、カヌーの面白さは同じだと思ったことがきっかけです。
高橋:トップクライマーであるだけでなく、辰野さんはカヌーやカヤックでも世界の川に挑戦なさって、その楽しさをご存知ですよね。
辰野氏:健常者でもできないことはあります。歩けない人にはさらにわかりやすい形でハードルがあるから、例えばカヌーができるようになれば、達成感もはるかに大きくなる。
健常者であろうと障がい者であろうと、それ相応のハードルはあるということです。
つながりを大切に、広がる支援
高橋:社会福祉法人「青葉仁会」とは山のつながりとお聞きしましたが。
辰野氏:「なら・シルクロード博覧会」(1988年)があったときに、障がい者のいる喫茶店に入って、そこにモンベルの商品があるのを見つけたんです。店の人に「これ、いいですよ」と売り込まれて驚きました。そこを運営する「青葉仁会」の榊原理事長も「山屋※」さんで、実はうちの営業部長と山を通じての知り合いだったとわかった。その関係で、うちの商品をささやかに仕入れて売っては資金にしていたんです。それを知って、丸ごと引き受けることにしました。
※「山屋」=登山家の意。
高橋:モンベルさんのショップで、かわいい麦藁帽子を被ったクマのぬいぐるみを買ったことがあります。それも「青葉仁会」と協働している授産事業の製品ですね。
辰野氏:アウトドア用のフリース製品を作ると、必ず余り生地がいっぱいできます。それを産業廃棄物として処理していたんですが、大量のものが捨てられていくのが、もったいない。考えたらぬいぐるみに使えるなと思って、自分で作ってみました。詰め物にも端切れを使えば、完全にリサイクルできます。それで、モンベルのフリース製品を作る工程で出る端切れを100%再利用して「青葉仁会」で、ぬいぐるみなどのリサイクルプロダクツを作ることにしました。
高橋:モンベルの飲食店「スパイスマジック」の食品を作っている 「セントラルキッチン」でも「青葉仁会」の知的障がい者の方が、働いていらっしゃいます。働く場があることは社会での自立を目指した支援になり、なによりも生きる喜びにつながりますね。
「青葉仁会」のコンサートで横笛を演奏なさいましたが、あの横笛は続けていらっしゃいますか?
辰野氏:いつも持ち歩いていて、バッグに入っていますよ。今度、河島英五さんの娘さんと一緒に、一曲だけレコーディングする予定もあります。
※河島英五:シンガーソングライター、俳優。大阪府東大阪市出身(1952-2001)
※辰野氏は自然環境を守る河島英五記念基金の役員でもある。
高橋:山登りのご縁が自然な形で広がっていますね。
(つづく)
話し手プロフィール
辰野 勇(たつの いさむ)氏
株式会社モンベル
代表取締役会長
1947年大阪府堺市に生まれる。少年時代、ハインリッヒ・ハラーのアイガー北壁登攀記「白い蜘蛛」に感銘を受け、以来山一筋の青春を過ごす。同時に将来登山に関連したビジネスを興す夢を抱く。1969年には、アイガー北壁日本人第二登を果たすなど、名実ともに日本のトップクライマーとなり、1970年には日本初のクライミングスクールを開校する。そして、1975年の28歳の誕生日に登山用品メーカー、株式会社モンベルを設立し、少年時代からの夢を実現する。またこの頃から、カヌーやカヤックにも熱中し、第3回関西ワイルドウォーター大会で優勝する。以降、黒部川源流部から河口までをカヤックで初下降、ネパール、北米グランドキャニオン、ユーコン、中米コスタリカなど世界中の川に足跡を残す。
一方、1991年、日本で初めての身障者カヌー大会「パラマウント・チャレンジカヌー」をスタートさせるなど、社会活動にも力を注いできた。近年では、びわこ成蹊スポーツ大学客員教授、文部科学省独立行政法人評価委員会など、野外教育の分野においても活動する。
2011年に発生した東日本大震災では、阪神淡路大震災以来の「アウトドア義援隊」を組織し、アウトドアでの経験をいかした災害支援活動を自ら被災地で陣頭指揮する。
趣味は、登山、クライミング、カヤック、テレマークスキー、横笛演奏、絵画、陶芸、茶道。
主な編・著書
- 「軌跡」(ネイチャーエンタープライズ)
- 「モンベル 7つの決断」(山と渓谷社)
- 「カヤック&カヌー入門」(山と渓谷社)
聞き手プロフィール
高橋 陽子 (たかはし ようこ)氏
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長
岡山県生まれ。1973年津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。高等学校英語講師を経て、上智大学カウンセリング研究所専門カウンセラー養成課程修了、専門カウンセラーの認定を受ける。その後、心理カウンセラーとして生徒・教師・父母のカウンセリングに従事する。1991年より社団法人日本フィランソロピー協会に入職。事務局長・常務理事を経て、2001年6月より理事長。主に、企業の社会貢献を中心としたCSRの推進に従事。NPOや行政との協働事業の提案や、各セクター間の橋渡しをおこない「民間の果たす公益」の促進に寄与することを目指している。
主な編・著書
- 『フィランソロピー入門』(海南書房)(1997年)
- 『60歳からのいきいきボランティア入門』(日本加除出版)(1999年)
- 『社会貢献へようこそ』(求龍堂)(2005年)
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