コラム
企業と生物多様性:この生きものに注目(その2)―サシバと「田んぼの守り神」本多清のいまさら聞けない、「企業と生物多様性」
身の周りの身近な生きものたちの顔ぶれや暮らしぶりを少しでも知ると「生物多様性」への垣根はうんと低くなります。前回に続き、田園に暮らすサシバという猛禽や、その周りでお互いに関わり合いながら暮らしている生きものたちの顔ぶれをご紹介します。
なぜ、サシバを守るのか
まず、なぜサシバという猛禽が重要視されるのかについて考えてみましょう。 「秋津島(あきつしま)」「豊葦原(とよあしはら)」「瑞穂国(みずほのくに)」、これらは、日本の国土を指す神話時代からの呼び名です。秋津とは「赤トンボ」を指し、豊葦原はアシ(ヨシ)の茂る湿地を意味します。
そして瑞穂は、言うまでもなく豊かな実りを生み出す田んぼを指します。これらに共通するのは「湿地性の環境であること」です。日本の生物多様性を考えるとき、その原点として意識するべきことは「湿地性の環境こそが、日本という国が世界に示すべきオリジナリティーである」ということです。
アフリカ諸国の自然をイメージするとき、広大なサバンナを駆けるシマウマや、それを追うライオンを思い浮かべるでしょう。南米諸国であれば、広大な熱帯雨林に暮らす様々なサルや、極彩色の鳥たちをイメージすると思います。それと同じように、アジアモンスーン気候の北端に位置する日本の自然は「田園をはじめとする湿地性の環境であること」が最大のアイデンティティーなのです。
そして湿地環境の生きものたちの中でも、周囲を丘や山の森に囲まれた里山地域で暮らす種類の多くが、いま大きく生息数を減らし、絶滅の危惧に立たされています。つまり、里山田園地帯の環境と、そこで暮らす生きものたちを守ることが、日本の生物多様性を保全するうえで最重要のテーマであると言っても過言ではありません。
日本古来の里山田園地帯で暮らす生きもの
そのような環境で暮らす生きものたちの中で最も有名なのは、トキでしょう。田んぼや湿地を主な餌場とし、ドジョウやカエルなどを食べていました。巣は、アカマツやスギの大木を好んでかけていました。サシバも同じように田園のカエルやヘビを主な餌とし、アカマツやスギの樹を好んで巣をかけます。
トキとサシバは餌と繁殖環境で共通の部分が多いのです。つまり、サシバが住める環境はトキも暮らせる可能性があり、かつてトキが滅んでいった原因が改善されなければ、サシバもトキと同じ道を辿る危険性があるということです。 (写真は飛翔するサシバです) 神話の時代から日本の国土と生物多様性の象徴であった里山田園の湿地環境。その生態系を代表する生きものであるトキやサシバを危機から救えずして、日本の生物多様性を守ることはできないと言えます。
忘れられた「田んぼの守り神」
トキ、そしてサシバという鳥の重要性は理解いただけたかと思います。そこでもうひとつ、覚えておいていただきたい生きものをご紹介します。それはかつて「田んぼの守り神」と呼ばれていた生きものです。
毎年の春、里山の田園で暮らす人々が田畑の仕事を始めようとする季節になると、田んぼの水源となる谷筋の森の奥から不思議な声で鳴きはじめる鳥がいました。日が沈んであたりが薄暗くなる時刻に「ボーウ、ボーウ」という低い声で鳴くので、ちょっと不気味に聞こえなくもありません。その正体は、ミゾゴイというサギの仲間の鳥です。
サシバと同様、日本で繁殖し、冬は南国に渡って越冬する夏鳥です。大きさはカラスぐらいなので、鳥としてはかなり大きな部類に入ります。主な餌は、落ち葉が堆積した森の地表付近にいるミミズや昆虫、それにカエルやサワガニなどです。 ミゾゴイ(写真提供:川上和人)
いにしえの人々は、この鳥を田んぼの水源の守り神として「樋の口守り(ひのくちまもり)」と呼んだり「田んぼを見張る鳥」という意味の「おずめどり」と名付けたりしました。「護田鳥」と書いて「うすべ」と読む地域もありました。田んぼや、その水源を守護する鳥なのですから、お米を主食とする私たち日本人にとっては本来忘れてはいけない存在の生きものでした。でも、いまや愛鳥家を自負する方々の大部分にさえも「え、それってどんな鳥だっけ?」と思われてしまうほど、忘れられた存在になってしまっています。
ミゾゴイが人々の意識から忘れ去られていった理由のひとつは、ミゾゴイが「里山の忍者」の異名をもつほどに地味な姿で、人目に付く開けた場所には滅多に出てこない習性が影響していると思われます。もうひとつは、農業の近代化に伴い、人々が自然からのサインを日々の営みに活かすことを忘れていったことも考えられます。「ああ、おずめどりが(ひのくちまもりが)鳴きだした。今年も田んぼ仕事が始まるな」といった意識をもつことも、農協などが発行する栽培暦通りに作業をするだけになった近代農業では必要なくなったのでしょう。
人々の意識から遠ざかり、滅多に人前に姿を現さないミゾゴイが次第にその数を減らしていっても、そのことに気づく人はごくわずかでした。ようやく専門家がその状況に気づいたとき、ミゾゴイはとんでもないレベルにまで数を減らしてしまっていたのです。環境省も一時はレッドリストで「近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの」を指す絶滅危惧ⅠB類に指定するなどの対応に追われました。人々の意識がミゾゴイの存在を思い出し、生息情報が明らかになることなどにより、最新のレッドリストではサシバと同じ絶滅危惧Ⅱ類にランクされています。
このように、かつては身近で大切な存在だった生きものでさえも、人々の意識から忘れられることで対応が遅れ、絶滅の危機を深刻化させてしまうのです。日本の生物多様性の危機の一番の原因は、私たち人間が身近だった生きものたちの存在を忘れてしまうことにあると言えるでしょう。「子供の頃は姿が見えたのに、大人になると存在を忘れてしまう」。そんな、まるで妖精のような生きものたちがミゾゴイの他にも身の周りにたくさんいるのかもしれない、という意識をもち始めること。それが、日本の生物多様性を保全していく上で「もっとも大切な第一歩」なのではないかと思います。
前回からの宿題だった「生きものが生命を確保するために必要な三つめの要素」の答えがまだでしたね。1つは「餌の確保」、2つめは「繁殖環境」、そして3つめは「天敵=存在の脅威となる他種の生物」です。トキやサシバ、そしてミゾゴイなどにとって脅威となる自然界の生物の存在に対し、私たち人間は何ができるでしょうか。
次回は、希少な存在となった生きものたちに襲いかかる天敵への対応を含め、里山の田園の生物多様性を保全する具体的な手法について考えてみたいと思います。
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執筆者プロフィール
本多 清 (ほんだ きよし)
株式会社アミタ持続可能経済研究所
主任研究員
環境ジャーナリスト(ペンネーム/多田実)を経て現職。自然再生事業、農林水産業の持続的展開、野生動物の保全等を専門とする。外来生物法の施行検討作業への参画や、CSR活動支援、生物多様性保全型農業、稀少生物の保全に関する調査・技術支援・コンサルティング等の実績を持つ。著書に『境界線上の動物たち』(小学館)等がある。
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