コラム
いまさら聞けない「企業と生物多様性」(最終回) -一番大切なキーワードは「つながり」です本多清のいまさら聞けない、「企業と生物多様性」
生物多様性の取り組みを始めたものの、なかなかうまく展開できなかったり、行き詰まりを感じている企業や担当者の方も少なくないと思います。また前回のコラムで、地域で大型開発をする企業は、田園・里山地域で失われた「多面的な機能や価値」を再生する術や知恵と共に乗り込むべき、と解説しましたが、よほどの大企業ならともかく、通常の企業の場合はそこまでの大規模プロジェクトのイメージは持ちにくいと思います。
これらの点で重要なキーワードとなるのが「つながり」です。そこで、最終回は、企業の生物多様性戦略における「つながり」の重要性について述べたいと思います。
「地域本来の自然」への新たな、そして深刻な危機
「うちはそれほど大きな会社でもないし、あまり大した社会貢献ができないと思いますが、たとえば地域での清掃活動のようなものでも生物多様性に取り組むことができないでしょうか?」
このような質問を企業の経営者から受けることがあります。答えは「もちろん、ありますとも」です。不法投棄やマナー違反で捨てられたゴミを除去することにも社会貢献的な意義と共に生態系への保全に役立つ側面はありますが、より生物多様性の保全に直接的に結びつくのが、「外来生物の防除」という、一種の清掃活動です。
日本の「地域本来の自然」の大部分が、私たち人間の営みと密接につながりあって成立してきたものであることを前回述べましたが、営みを再生するだけでは日本の生物多様性を保全することができない、新たな課題が深刻化しています。それが「侵略的外来生物」の問題です(近代になって国内へ侵入し、拡大力の強いものを侵略的外来生物と呼びます)。
例えば、河川敷などには多くの外来植物が侵入し、日本古来の植生が失われています。水の中を見れば外来魚ばかりになってしまっている場合も少なくありません。こうした外来生物は、地域に生息している日本古来の生きものの生息地を奪ったり、食べてしまったり、あるいは交雑して遺伝子の固有性を失わせたりします。これを放置していれば生態系が不可逆的に破壊されてしまいます。
既にご存知の方も多いと思いますが、こうした外来生物のうち、とくに生態系や農林水産業への影響が深刻なもの、あるいは人命に対する危険度の高いものは「特定外来生物」に指定され、その飼育や販売、生きたままの移動などが厳しく禁止されています。特定外来生物を生きたまま配ったりすると、企業の場合は最大1億円の罰金が課されてしまいます。「工場敷地内の池で繁殖していたメダカを近隣住民に配っていたら、じつはそれがメダカにそっくりのカダヤシ(特定外来生物)だった」とか「敷地内のきれいな花を鉢植えにして周辺住民に配っていたら、それがオオキンケイギク(これも特定外生物)だった」、という場合であっても罰則の対象になりえますので、注意が必要です。
こうした外来生物の問題に対し、日本政府はその拡大を規制したり防除を促進するための法律「外来生物法」を整備しました。たとえば、特定外来生物に関しては、防除活動(拡大の抑制や駆除)の実施を申請した団体を政府が法律に基づいて認定し、私有地等でも活動ができるといった権限を与えています。もちろん、企業もこの認定団体に登録することは可能です。単独で登録してもいいですし、同じ地域の企業同士で任意のグループを作って申請してもいいでしょう。地方自治体が認定団体になっている場合もあるので、その活動に企業として参画するという方法もあります。
しかし、すでに拡大・定着している外来生物への防除の施策はこれだけで十分とは決して言えませんし、法律規制から漏れている(特定外来生物以外の)外来生物でも深刻な影響を及ぼしているものがあります。その地域本来の生きものたちが織りなす「原風景」を回復させるためには、より広範囲で、徹底した、そして継続的な活動が求められます。
巨大開発プロジェクトや大規模な事業所を持たない企業であっても、こうした「周辺地域との関わり」における取り組みで、地域の生物多様性保全に貢献することはできます。フィールドはそれこそ無限といっていいほどありますし、柔軟な発想とアイデアをもってすれば、そこに新たなビジネスチャンスを見出すことも可能だと思います。
「つながり」こそが生物多様性戦略の要(かなめ)です。
企業が生物多様性戦略で陥りやすいのは、どうしても自社の関係するプロジェクトや事業所敷地内などの枠組みの中で自己完結したものになってしまいがちなことです。開発プロジェクトや事業所の敷地内での生物多様性を重視することはもちろん大切ですが、生きものの視点にとってはどこからどこまでがプロジェクトエリアであるか、事業所敷地であるか等は「まったく関係ない」ことを、ぜひ念頭に入れてほしいものです。
「生物多様性の取り組みを始めてみて、最初は盛り上がったものの、すぐに行き詰ってしまった」とか「どう展開していけばいいのか判らない」という悩みを感じている企業や担当者の方は、その取り組みが自社の事業所の敷地やプロジェクトの中での自己完結的なものになっていないか、という視点でチェックしてみることをお勧めします。どんなに広大な工場敷地であっても、その緑地面積での取り組みだけで地域の生物多様性が担保できるわけではありません。周辺の広大な農地や山林との関係性の中で、自社の事業所を見つめることが大切です。もちろん、初期の段階では敷地内での取り組みでアドバルーンをあげることも重要な戦術ですが、それだけで終ってしまっては「単なる企業のパフォーマンス活動だった」という冷めた評価で報われることになります。
自己完結してしまいがちなのは、事業所の敷地やプロジェクトエリアといった土地に関係することばかりではありません。「自社の社員やプロジェクトの関係者の中だけで自己完結していないか」も、要注意点です。農家や山主、新興住宅の住民など、地域で暮らす人々との連携の中で進めないと取り組みの視野も狭くなり、早晩行き詰まってしまいます。
このように「自社の敷地やプロジェクトエリアにとらわれないこと」と「自社やプロジェクトの関係者だけで達成しようと考えないこと」の二点を注意すれば「自己完結に陥らない生物多様性戦略」は特段難しくはありません。むしろポジティブな活動エネルギーを制限なく取り入れることが可能になります。つまり、「自社の拠点がある地域の生物多様性に対して広範に視野を広げ、地域住民との協働を戦略の主軸におく」ということです。
地域の生物多様性で企業がなすべき二つの道
これまで述べてきたように、地域の生物多様性に視野を広げ、地域住民と連携した取り組みの具体的な方法としては、大きく分けて二つのアプローチがあると思います。
ひとつは、田園・里山の「多面的な機能や価値」を再生する術や知恵において、地域住民と連携した取り組みを展開する方法です。工場をはじめ、土地利用型の事業所の多くは田園・里山地域に立地しています。しかし「土地利用型産業」という意味では周辺の農地や林地のほうが、工場敷地などまるで比較にならないほど広大な面積を擁しています。しかも、生きものの生息環境としてもはるかに重要なフィールドなのですから、こことの連携を考えない手はありません。その際、単純に農地や林地を「生物多様性保全のフィールド」として捉えるだけでは「企業の生物多様性戦略」としては不十分です。農地や林地は本来「産業のフィールド」であることを忘れないでください。そこにビジネスチャンスやビジネスパートナーとしての可能性を考えれば、生物多様性の保全を主力エンジンとするビジネス展開の道筋も見えてくるでしょう。
もうひとつは、外来生物の防除に関する社会貢献活動です。これはなかなか本業に直結させることは難しいかもしれません。しかし、「本業における生物多様性戦略を構築していく上で不可欠な視点や経験を社員に養わせる」という点では重要な戦略になると思いますし、地域の生物多様性保全を担う活動は、すなわち地域における企業のファン層づくりという営業活動にもなります。その地域にどのような外来生物がいて、どれを優先的に防除するべきか、どんな防除方法が効果的か、ということは、地域で防除活動を展開しているNPOや自治体等と連携することで会得できます。そのような活動をしている団体が地域にない場合は、専門家のアドバイスを受けつつ自社がパイオニアとなることでCSR活動としてのアピール効果を高めることも可能です。その際、地域住民を巻き込みつつ、協働の意欲と動機づけを醸成していくことが大切です。
昨年の秋に施行された「生物多様性地域連携促進法」は、地域における多様な主体が連携して生物多様性を保全していく仕組みづくりのための法律です。このように、企業の生物多様性保全活動を促進するための法律も整備されつつあります。
地域の住民や農家・山主と語り合いながら「ふるさとの自然と生きものと人々の暮らしのあり方」を考える企業。そのような企業が少しずつでも増えていくことを期待しつつ、本コラム連載をひとまず区切らせていただきます。
ご精読ありがとうございました。
※本コラムを執筆した本多主任研究員が生物多様性とビジネスチャンスについて寄稿した一般社団法人建設コンサルタンツ協会誌記事「生物多様性がひらく世界」も、ぜひご一読ください。 http://www.jcca.or.jp/kaishi/249/249_toku8.pdf
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執筆者プロフィール
本多 清 (ほんだ きよし)
株式会社アミタ持続可能経済研究所
主任研究員
環境ジャーナリスト(ペンネーム/多田実)を経て現職。自然再生事業、農林水産業の持続的展開、野生動物の保全等を専門とする。外来生物法の施行検討作業への参画や、CSR活動支援、生物多様性保全型農業、稀少生物の保全に関する調査・技術支援・コンサルティング等の実績を持つ。著書に『境界線上の動物たち』(小学館)
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